01,ヤンキー精霊の負けフラグ
――その精霊は、ヤンキーだった。
彼女の名はシエルフィオーレ。太陽花の精霊。
濃い色合いの茶髪に、大きな太陽花の髪飾りはいかにもそれっぽい。
だが、装いは黄色の特攻服。肩には先端に火が灯る木刀を担ぎ、木彫りのチェーンをガラガラ鳴らしながら灰色大熊の背に騎乗して森を流す様、ヤンキー以外に何と言えるだろう。
「あー……暇だわー。ねぇ、パティパンズ。暇よね? 暇? あ? 暇って言いなさいよコラ」
「へ、へい! シエルの姉御! 暇ッス! どうしようもなく暇ッス!」
上に乗るシエルフィオーレにくるぶしで横腹を軽く小突かれ、愛車熊ことパティパンズは賛同以外の選択肢が無い。理不尽。
「暇だってわかっているのなら、何か娯楽の提案をしなさいよ」
要するに、「何か面白い事しろよ」級の無茶ぶりである。畳み掛けるような理不尽。
「ひぇッ……い、ぃや……そんな事を言われましても……姉御のお気に召すような考えなんぞ俺程度の獣にゃあどうにも……」
「どっかにイキの良い獣はいない訳? あんたこの辺のボスでしょ? 将来有望な舎弟とかいなかったの?」
「(結構いたけどよぉ……全員あんたに牙を折られちまったんだよ……物理的に)」
「何か言った?」
「いぃえぇッ! 記憶を反芻するためのつぶやきッス! 姉御に物を申すなんてそんな命知らずはいたしませんッスよぉヤダなぁもう!」
必死に機嫌を取ろうとするパティパンズ。
そのヘコヘコ感が気に入らないらしく、シエルフィオーレは舌打ちしてパティパンズの横腹を更に小突く。もう理不尽この上無い。
「あーあー……もう。平和は悪かないけど……喧嘩を売る相手がいないって言うのは、どうにも落ち着かないわねぇ」
やや矛盾した愚痴をこぼすシエルフィオーレ。
と、そんな彼女の元へ、木々の隙間を縫うように飛来する影がひとつ。
「ツォツォツォ、探しましたよぉ。シエル嬢」
「げっ。スケルッツォ……!」
「ツォッ、そんな露骨に嫌そうな顔をされては……当方、悲しくって大・爆・笑! ツォッツォッツォッツォ!」
突如飛来した妙にやかましい人型飛行物体。
全身をどキツい濃色ピンクのコーディネートで包んだ派手紳士。
その表情は常に笑顔を忘れない。立派な事だが……生憎と言うか残念ながら、常時フル開眼している四白眼のせいで……ハッキリ言って不気味スマイルに仕上がっている。
空飛ぶ不気味なドピンク紳士――彼の名はスケルッツォ。濃桃色薔薇の精霊だ。
「本当にあんた、いっつも笑ってるわね……」
「ええ、はい! 当方『笑顔の絶えない職場です☆』が座右の銘ですので! ツォツォツォ!」
「……何がそんなに楽しいのだか……」
「当方は楽しくなくとも面白くなくとも笑う、それはもう笑い笑い笑い続けてしまう、そんな鬱陶しい性分、生理、もはや自然の理! それがスケルッツォ・アイデンティティでございます故! ツォツォツォツォ!」
ほとほと鬱陶しいわね……と、シエルフィオーレは眉を顰める。
「で、何の用? 私、あんたとは距離をおきたいと前々から思っているのだけれど」
「うぅん! 率直に『嫌い』と言わない気遣い! 逆に手厳しいですなぁ! まぁその素っ気無さもシエル嬢のチャァァム・ポイントなのであろうからしましてッ! 当方は親御様のような温かな微笑みを以てリアクションとさせていただきまぁす!」
「……ごめん、わかった。黙ってもらえる?」
本題に入るつもりが無いならば、何の用でも関係無い。
そして先ほどから表情と言動で露骨に示している通り、シエルフィオーレはスケルッツォと仲良く世間話をするような仲になりたいとは思っていない。
沈黙を要求するのは、理不尽の塊である彼女にしては珍しく極めて理に適った行為である。
「まぁ!? 今までそんなに縁が無かった愉快な同僚と折角の仲良しチャンスだと言うのに、その千載一遇を掴めるか否かのトークチョイスで『死ね!』と仰る!? 悪手! 余りにも悪手ですよぉ、シエル嬢! さてはコミュ症って奴ですかぁ? もしやそれ故の品行不良でしたので!? それはまた一種のチャァァムポイントですねぇ! ツォツォツォ!」
「死ねとまでは言ってないでしょ!?」
思ってはいるが。
「あらららら、ご存知無い? ではひとつ耳よりなスケルッツォ・インフォメイションをお届けしましょう! 当方、黙ると死にます故。回遊魚が泳がねば呼吸をできないのと同じく。当方は喋っているか笑っていなければ呼吸ができないカールーマッ! ツォツォツォ!」
「あ、そう。わかった。じゃあもう、うるさいから死になさい」
「ツォツォツォ! それはゾウさんに『鼻が長いから死になさい』と言う様な無体ですぞぉ! ツォーツォツォツォ! パオォォォーン!」
「パティパンズ、スピードを上げてちょうだい。全力」
「う、うッス」
最初からだけど、もうマジで付き合ってられないわ。
と言う訳で、シエルフィオーレはパティパンズにスピードアップを指示。スケルッツォを振り切ろうと試みる。
「何だかんだで法定速度はオーバーしないあたり、性根の良さが滲み出ておりますなぁ、シエル嬢! え? こんな森の中に法定速度なんて無い? そりゃあ勿論スケルッツォ・ジョークでございますよぉ! やだなーもーッ! 残念・無念・しかして当然、スケルッツォは生来ジョークが大好きなのです! ツォツォツォ!」
……しかし、スケルッツォは涼しい顔で饒舌を振るいながらスイスイと飛翔し、並走。
森の中でかなりのハイスピード。この森を拠点とし駆け慣れている愛車熊の全力疾走にあっさり並ぶとは、何て厄介な存在だろう、空飛ぶスケルッツォ。
やれやれ、とシエルフィオーレは溜息を吐き、その掌をスケルッツォにかざす。
「術式起動【日輪はお前の生を認めない】」
「ちょツォッ!? シエル嬢!? それ冗談で発動して良い霊術ではないですよね!? ストップ! 流石のスケルッツォもストップ・プリーズと言わざるを得ないエマージェンシーッ!」
差し向けられた掌で核融合が始まったのを見て、流石のスケルッツォも冷や汗――しかしまぁ、不気味な笑顔は健在。
「慌てる必要は無いわ。この霊術は私が指定した特定概念への攻撃よ。私が殺したい相手以外には掠り傷ひとつ付かないから」
「うーん、その説明だと当方だけは確実に消し飛ぶので慌てるべきだと判断しますねぇ! と言う訳で術式起動! 【不朽の情熱】!」
「!」
スケルッツォがパァンッと勢い良く両手を叩き合わせたのと同時、シエルフィオーレの掌ですくすくと成長していた小さな太陽が、完全に停止した。
「――……チッ、無理か……」
数瞬、シエルフィオーレはスケルッツォによる妨害の解除を試みるが――断念。認めたくはないが、術の練度に関してはスケルッツォの方が上手らしい。
仕方無い、とシエルフィオーレは完全停止した太陽の種をそのまま拳に包み込んで握り潰す。
「……別に、事象の固定なんて大仰な術式で止めなくても、冗談よ。冗談。本気にしちゃって、バッカじゃないの?」
「いや、今、当方の術式を解除しようとしてましたよねぇ? 本当にやめましょうよぉ。精霊同士の殺し合いは流石に『ヤンキーだから』じゃあききませんよぉ?」
さて、また軽いノリで極小規模の擬似恒星を生み出されてはたまらない。何より、術の撃ち合いでは互角または優勢を取れても、術式は相殺合戦前提で事実上の単純な殴り合いに持ち込まれたら、このやんちゃ娘に勝てる精霊などいない。
と言う訳で、スケルッツォはようやく、本題を切り出す事にした。
「シエル嬢。実は当方、素敵な提案がありましてですねぇ。アナタを探してピュンピュン飛び回っていた次第なのですよぉ」
「……ったく、最初からその用件を言いなさいっての」
「当方に取って、余談とは脈拍のようなものでして」
「あっそ。死ねば良いのに。で、何よ? 真面目な話だって言うのなら一応聞いてあげるけれど……ろくな事じゃなかったら、その無駄に大きな目ん玉を毟り取るわよ」
「おお恐ッ。ではでは……提案に入る前にひとつ質問をば。【ヴィジタロイド】、ご存知です?」
「ベジ……? ああ、何か最近始まった奴よね」
何でも、大精霊様からの御告だそうで。「そう遠くない未来、この緑の大陸を未曾有の危機が襲う」と予言されたらしい。
まぁ、歴史を振り返るに「当たるよりは外れる事の方が多い予言」だが……大精霊様の御言葉、無視はできない。
なのでそれに備え、霊術によって植物から化身を生み出し、精霊を補助する守護者に育てよう……と言う計画が精霊院で始まった。
その守護者の名称が【植物防士】だったはずだ。
「ヴィジタロイドの育成者――便宜上【養育者】と呼ぶそうですが、その見習い生の募集が始まっているのですよ」
「……まさか、それに応募しましょう、って言うの? 一緒に?」
「ええ! まさしく! いやぁお話が早い! どうせ暇なのでしょう? 聞いてますよ、もう大陸に敵無しだと」
「そうなんスよ、精霊の旦那……もう姉御ったらとんだランペイジモンスターで……」
「黙りなさい」
「……………………」
「実際、どうですぅ? このまま暇をこじらせて、精霊に喧嘩をふっかけるようになっては事でしょう?」
精霊同士の闘争など、一歩間違えれば大陸が消し飛ぶ。
森の獣達相手にお山の大将を気取る程度の暴れっぷりならば微笑ましいが、そこまで行くと笑えないものがある。
「成程。精霊院のジジババ達に、そうやって説得して来いって言われた訳だ……流石の私でも、そこまで見境無くないわよ。殴りかかる相手は選んでいるわ」
「はて……つい先程、アナタに殺されかけた精霊が目の前にいるのですがぁ?」
「何の事だか、わからないわね」
「わーおッ☆ 何てスマートな虚言ッ! これは当然の大爆笑! ツォッツォッツォッツォ!」
「用件はそれだけ? ならもう帰って。興味無いわ」
耳元を飛び回る蚊を追い払うように、シエルフィオーレは嫌悪感の滲んだ所作で手を振るう。「あっち行け。しっし」と声にせずとも聞こえてきそうだ。
対して、スケルッツォは笑みを濃くして、
「えぇ~? 本当でございますかぁ~?」
「な、何よ、そのニヤニヤは……目玉、要らないの?」
「まぁまぁ、実はですねぇ。只今、養育者見習い募集に際して、精霊院にて『ヴィジタロイド幼生体との触れ合い体験会』なるものも開催されているようでしてぇ。せめてそれだけでも参加してみませんかぁ?」
「はぁ? 嫌よ。興味無いって言っているでしょ?」
「いやいやいや、いやいやツォツォいやツォい。太古よりヤンキーとは子犬子猫を筆頭にミニミニ小動物にはメロいもの。きっとアナタも気に入る事は間違い無いとスケルッツォは踏んでおりますが」
「はぁぁぁぁあぁぁ? ふざけるのは顔と笑い声だけにしなさいよ。ファンシーアニマルにあてられて丸くなるとか、私がそんなにチョロいタマだと思っているの?」
だろうなぁ……と尻に敷かれて無言で走るパティパンズは頷く。
パティパンズに取ってシエルフィオーレは修羅の権化。そんな彼女がミニミニした生き物に骨抜きにされている姿など、想像できない。
「唐突な顔ディスはさておき、そこまで仰るのであれば、別に体験会に参加するくらいよろしいではございませんか。何の不都合も無いはずです」
「嫌よ。精霊院まで足を運ぶのも面倒だもの」
「……おんや?」
「……何よ?」
「もしやシエル嬢……恐いのですかぁ?」
「………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!?」
突然何を言い出すのかと思えばッ! とシエルフィオーレは青筋を浮かべる。
……そう、シエルフィオーレは根っからのヤンキー娘――煽り耐性が、低いッ!
おふざけやイタズラの類には多少寛容だが、自身に向けられた嘲りや罵りの雰囲気を僅かにでも感じた瞬間、全身の細胞が戦闘態勢へと移行するのだ!
「私が! 私がッ!? 何を恐がってるって!? エェッ!? 言ってみなさいよ! このドピンク頓痴気ッ!」
「げぶあッ!? ぁ、姉御ぉ!? 怒るのは構わないんですが背中を叩かないでくださいッスゥ! 背骨折れかけた今ぁ!」
「ツォツォ。ずばり言いまショータイムッ! ンンッ!」
スケルッツォは突発的な拳撃に備えてシエルフィオーレからやや距離を取りつつ、スピーチ前の紳士めいて咳払い。
「スケルッツォは見抜きました! アナタは恐れているのですよぉう! ミニミニした生き物を相手にした瞬間にどうしようもなく腑抜けな姿を晒してしまうであろう自らのヤンキー因子をッ! なぁんと言う腰抜け! あのシエルフィオーレともあろうものがッ! 負けを早々に悟り、戦いもせずに戦場から逃げ出すとは!」
「ぁ、あああ、ああああああああッ!?」
メチャギレ。平時ならば端麗な顔面のほとんどを浮き立った青筋で埋めながら、シエルフィオーレが噛み付くように叫ぶ。
……もう精霊とか乙女とか、そう言う概念の範疇に無い表情と声色だ。暴れん坊妖怪とはよく言ったもの。
「上ォォォ等じゃないの! ええ上等ッ! 行ってやるわよ、体験会ッ! ミニミニした生き物が何よ!? んなもん笑顔で握り潰してやるわよ!」
「姉御!? 流石にその発言は大問題かと!?」
「ツォーツォツォツォ。ではでは、当方は先に行っておりますので! 会場でお会いしましょう! いやぁそれにしても! シエル嬢をその気にさせるなんて楽な仕事だとスケルッツォは大爆笑ですよ! ツォツォツォツォ!」
「ッの……! 笑ってられるのも今の内なんだからね!? 見てなさい!」
枝葉を突き抜けて空高くへと遠ざかっていくドピンク紳士を睨み付けながら、シエルフィオーレは腹の底から吠え上げる。
「私は! 絶対に! ミニミニした生き物なんかに! 負けたりしなァァい!」