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私は見ていた

作者: 林光希

師であるセリヌンティウス様からメロスが街に妹君の結婚式の準備をしに来るから案内してくれと頼まれた。メロス様は師匠の竹馬の友と言えるようなお方だ。義に厚く、真を重んじる立派なお方なのだが、少しばかり苦手だ。大胆・勇敢といえば聞こえは良いが…要するに大雑把で衝動的なのだ。


メロス様を案内し、結婚式に必要なドレス生地や葡萄酒、肉、小麦、そして大量の花を買った。盛大に祝福したいと馬車の荷台を花でいっぱいにしておられた。とても妹想いのよい兄上のようだ。(それにしても多い…大丈夫か。)

買い物を終え、

「日も暮れてきた頃ですので、一杯どうですか。」

と尋ねるとメロス様は立ち止まり

「やけに人がいないな。」

と言われた。

「そうですかね。最近はこんなものですよ。」

と返すと、彼はは通りすがりの若い衆を捕まえて詰め寄っていた。遠巻きにみていると、どうやら昔のこの街の姿と違うとかなんとか尋ねているようだ。しかし、若い衆からは満足のいく解はでなかったようで、こちらに駆けて戻ってきた。そのまま、しばらく酒屋を探して歩いていると、今度はギターを弾いていた髭の似合う老人を捕まえて凄んでいた。老人は低い声で訳を話した。「王様は、人を殺します。」

彼はさらに詰め寄った。

「なぜだ。」

老人は先を続けた

「悪心を……抱いている。というのです。」

その後、メロス様の勢いに圧され、老人は王が世継ぎや妹様、皇后様たちを次々と殺したことを話してしまった。


その老人の話を聞き終えたメロス様はあろうことか

「あきれた王だ。生かしておけぬ。」

と言い、短剣1本懐にいれて王城へ乗り込んで行ってしまった。

あぁ。師匠になんと伝えたら良いものか…。

せめて師匠の顔を立てるためにも彼を弁護しようと思い、遅れて城へ入った。そこでは王様とメロス様が疑う心と私欲、忠誠心だのについて議論しており、行く末を見守るしかできなかった。

議論の末、王様とメロス様は取引をした。『妹の結婚式を挙げ、3日以内に城に戻ってくる』というものだった。そこでさらに、王様はメロス様を疑った。するとメロス様は言い放った。

「この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友だ。あれを人質としてここに置いていこう。私が逃げてしまって、3日目の日暮れまで、ここに戻ってこなかったら、あの友人を絞め殺してください。頼む。そうしてください。」


私は耳を疑った。おいおいおい、師匠を人質にするだと…。しかも本人の預かり知らぬ案件で…。しかも王様はそれを承諾してしまったではないか。えらいこっちゃ…どないしよ。

深夜、メロス様の側でそわそわと落ち着きなくしていると、「落ち着け私を信じろ。」と言われた。そんなん無理や…。と思ったが、グッと堪え、彼の目を見て力強く頷いた。

しばらくすると、寝間着姿の師匠が鎖に繋がれて衛兵と共にやって来た。メロス様と師匠は熱く抱擁を交わした。師匠はメロス様と王様から事の顛末を聞き、すぐさま首を縦に降った。うそやん…師匠、優しすぎるでしょ。

私は師匠に考え直すように何度も言ったが師匠は頑なに拒んだ。それだけメロス様への信頼が厚いのだろう。

メロス様はすぐさま城を発った。買い物したものを持って帰らねば本末転倒。当然、馬車を繰って。


メロス様を見送って地下牢に入れられた師匠と話をし、地上へ戻ると王様が私を待っていた。

「お前もあの男を信じてはおらぬようだな。」

私は素直に答えた。

「100%信じているわけではございません。」

王様は1つの提案をした。

「ならば、あの男を見張ってはどうだ。ただし、見張るだけだ。手を貸してはならん。手を貸しては奴の言う信じる心とやらは明らかにならないからな。」と。


それを聞いた私は、闇夜に馬を駆り、メロス様の後を追った。

村の入口付近でその後ろ姿を捉え、近くの森へ潜むことにした。

そこで、服を着替え、楽器を持ち、とんがり帽子を深くかぶり、旅の芸人として村へ入った。村唯一の宿で部屋を取り、広場で小さな演奏会をしながらメロス様の動向を伺った。

彼は、会場の準備や宴会の手配など右へ左へ忙しくしていた。すると、私の方へ駆け寄ってきた。ばれたのか…初夏の日差しの中背中に嫌な汗がにじんだ。しかし、私を私とは気がつかず、式を盛り上げるための演奏してくれないかと頼んできた。 ホッと胸を撫で下ろし、うつむきがちに了承した。顔を挙げるとすでに彼は走り去っていた。

式の準備が一段落したのか、小屋の中で死んだように眠っている彼を見つけた。さすがに、あの忙しく立ち回る様子を見たあとでは暢気なやつだと揶揄することはできなかった。

夜になり、メロス様は婿殿の家へ結婚式を明日にしてくれと頼みに行ったようだった。明け方まで揉めに揉めなんとか話がまとまったようで、日が顔を覗かせる頃には村中にお祝いムードが漂っていた。

結婚式は真昼に行われた。近いの口づけが済んだ頃、黒雲が天を覆い、ぽつりぽつりと雨が降りだした。雨は次第に強まり車軸を流すような大雨になった。皆は集会所へ駆け込み、宴会を始めていた。私も演奏しながら、時折メロス様の様子を伺っていた。外の豪雨も友のことも一時忘れて大いに盛り上がっているようであった。たったひとりの肉親の祝い事だから仕方がない。そう思い、私も宴を盛り上げるのにひとやくも二役も買って出た。

宴の半ばメロス様は婿殿と涙ながらにいくらかの言葉を交わし、ひっそりと宴会を抜け床に就いた。その様子を目の隅に捉えながら私も出立に向けて体を休めることにした。


深夜、目を覚まし、メロス様の様子を見に行くと…まだ寝ていた。危機感の無さに苛立ちを覚えながらも手助けできないもどかしさに苛まれた。

彼が起きたのは薄明の頃であった。飛び起き開口一番「南無三、寝過ごしたか」と言った。一瞬殺意を覚えたがそれをグッと堪えた。

小雨降るなか家を飛び出し、矢のように走り始めた背中を森から追った。メロス様の眉間には信じて待つ友への思いや王の邪心を砕く決意が深く刻まれていた。一方で、その口元には残してきた妹君への未練、辛さが滲んでいるようだった。

日が真っ直ぐに我々を見下ろす頃、額に大粒の汗を浮かべながらメロス様は隣村へたどり着いた。水を渡してあげたい気持ちをこらえた。ここまで全力で走っていたが隣村までたどり着いたことで少し見通しがもてたのか呑気に歩き始めた。走れよ。心の中で叫び散らした。あなたにとっての無二の友、私にとっての親同然の師匠が死と席を隣にしているこんな時に…のんきな…なんて…なんて男なんだ。


そのままメロスはぶらぶらと歩き続けた。すると目の前で昨日の大雨で氾濫した川が黒々とした大きな体をうねらせドウドウと流れ、橋も舟も全てを飲み込んでいた。彼ははたと立ち止まり、巨大な竜のごとき流れを見て男泣きに泣きながら異国の神に祈り始めた。そんな不信心な祈りが届くわけもなく、時間ばかりが過ぎていった。終わったと思った。この男も師匠も。……飛び込んだ。あれは死んだなと驚き呆れていると、彼は押し寄せ渦巻き引きずる流れをかき分けかき分け進んでいった。神もついには憐愍を垂れたのか押し流れつつも対岸へたどり着いた。私は慌てて前もって用意しておいたロープを伝って対岸へ渡った。日は既に西に傾きかけている。限界だった。彼の体力も、私の我慢も。静かに息を吐き、森に向かって右手を掲げた。


メロスを見張る提案をされたとき、王はもう1つ話を持ち掛けてきた。それは、メロスを殺してはどうか…というものだ。

王は、

「フィロストラトスよ。メロスを途中で殺してしまうのはどうだ。メロスが戻らなければ疑う心はその存在を証明される。処刑台の上でお主の師が少しでも友を疑う素振りを見せれば完璧だ。そしたら師の命を救おう。お主は師の命。わしはこれまでの処刑の正当性と情け深き優しい王を手に入れることができる。どうだ。」

私は王が約束を守るのか、メロスの死は師にとってどれ程のものだろうかと考えた。王は続けた。

「わしを疑うのは最もだ。だがな、わしの提案にのれば師が助かる確率は高まるのだぞ。」

そう言われると確かにそうなのだ、メロスより師の命の方が重いのだ。私は王の提案にのることにした。


そして峠を登りきった今、私の雇った山賊が蛮刀やグラディウスを手にメロスを殺そうと囲んでいる。私の右手が振り下ろされるのを待ち、山賊たちは地を蹴り一斉に襲いかかった。

予想外だった。

武器、人数ともにこちらが大きく上回っていたにも関わらず山賊たちは返り討ちにあってしまった。この惨憺たる結果にため息がこぼれ出た。

未だ息のある雇われ山賊たちを口封じのために屠り、急ぎメロスの後を追った。しばらく奴を探していると、清水湧き出る岩の影で倒れ込んでいるのを見つけた。その体は灼熱の太陽に焼かれ火傷のような状態に加え、激流渡りに山賊との戦いを経てぼろ雑巾のようであった。そのまま息の根を止めることもできたが、もぞもぞと動き出したので咄嗟に身を翻し林へ飛び込んだ。

木立の間から見ていると、何か達観したかのような表情を湛えて、這って這って這って、水のささやきを目指し起き上がり、湧き出る清水に岩ごと飲み込むかの勢いで食らいつき、渇きを潤し始めた。これからどうするのだ。絶対に間に合うまい。水を得てメロスは力強く地を踏みしめ、走り始めた。その瞳にはもはや自身を待つ友のことしか映っていなかった。走れ!メロス!


先刻までの走りは嘘のようだった。黒い風となり道行くあらゆるものをなぎ倒して走った。奴の本気はこれほどか… なぜ今までその力を隠していたのだ…。その早さで走ればもっと早くセリヌンティウス様を救えたのではないのか。私はメロスの横に馬を走らせて奴に「間に合わぬ。もうダメだ。あなたのせいで私は親より大切な師を失うのだ。」と呪いを込めて訴えた。しかし奴は諦めなかった。走り続けたのだ。走り続けたメロスはとうとう間に合った。間に合ったのだ。師は救われた。救われたのだ。

民も師も王までもが奴を労い、讃えた。ひとりの美しき少女までがその姿に心を奪われている。


みな知らぬのだ。この男の不誠実さを。力を隠し、愚者を演じていたことを。あれだけ走れるなら…もっと早く…師を牢から、処刑台の上から下ろしてあげられたのに。


マントを羽織った勇者メロス様とその友セリヌンティウス様がディオニス王を交えて再び抱擁を交わす姿を、3人の足下、処刑台の下から目に強い疑いを湛えて見つめるひとりの男を見た。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 フィロストラトスの突っ込みに、何度も笑いました。 確かにメロス、勝手に承諾を得ずに友を人質にするなと思っていました。 この作品を読むと、原作が「走れよメロス」という別タイト…
[良い点] 視点を変えると、ここまで内容がガラリと変わってしまうものなのですね。着眼点に脱帽です。
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