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推定師匠から見た推定弟子

 セレストがヒューティリアと出会ってから半月が経過した。


 この半月、セレストはそれとなくヒューティリアのことを観察していた。

 ヒューティリアは出会った時こそ警戒していたものの、共同生活をするようになってからはセレストの言うことをよく聞いてくれている。

 時々話が噛み合わない時もあるが大抵の場合はセレストの言葉足らずが原因なので、セレストなりに言葉足らずにならないよう気をつけるようになった。それが功を奏してか、会話が噛み合わないことが大分減った気がする。


 気になる点と言えば、たまに何か言いたげにしているけれど口に出さずに飲み込んでしまうことだろうか。

 そんな時は何故か残念な何かを見るような目を向けてくるのだが、いくら考えても理由に思い当たらず。セレストは首を捻り続けることになった。




 そんなヒューティリアは、セレストの目から見ても相当な早さで文字の読み書きを習得していた。知らない何かを知ること、わからなかったものがわかるようになることが純粋に楽しいようだ。

 セレストは基本的に長時間誰かと共に過ごすのが苦手なのだが、みるみる文字を覚えていくヒューティリアという存在が何とも興味深く、見ていて面白いと感じるようになっていた。


 ヒューティリアが貪欲に知識を吸収していく様はまるで、窮屈な檻から解き放たれ、広い世界を隅々まで知り尽くそうとしているかのようだった。

 次から次へと新しいものを見つけてはあれは何だ、これは何だと興味津々で近付き、触れ、匂いを嗅ぎ、味わい、時には耳を押し当てながら知っていく。


 実際ヒューティリアは気になることがあれば躊躇なくセレストに問いかけ、ありとあらゆるものに関心を示していた。

 その日理解できないことも、大抵の場合は翌日もう一度教えれば理解する。

 その飲み込みの早さと与えられた情報を噛み砕くセンスに、セレストは素直に感心していた。



 加えて、ヒューティリアは順応力も高いようだった。

 気のせいでなければ、人当たりがいいとは言えないセレストに対しても早い段階で気を許していたように思える……と、知らず知らずのうちに信頼を寄せられていたセレスト自身も感じていた。


 精霊の機嫌を取るためにライアーを奏でれば、家の中から飛び出してきて横に座って演奏に聴き入り。妖精の協力を得るために菓子を作れば、余り物を受け取ったヒューティリアは心底幸せそうに食べていた。

 その顔を毎日見ているうちに菓子作りをする際にヒューティリアの顔が脳裏を過るようになり、気付けば余分に菓子を作るようになっていた。


 そんな風に無自覚にヒューティリアに対して自らも気を許し、彼らしくもなく配慮していることになど、セレスト本人は気付きもしないのだが。




「ねぇ、この苗はどこに植えるの?」

「半日陰になるあの区画だ。土は整えてあるから植えておいてくれ」


 ヒューティリアは宣言通り、朝早く起きて畑仕事を手伝うようになった。その手際は決して悪くない。


 セレストは六年のブランクがあるとは言え、ここで暮らしていた頃は師と共に畑や薬草園の世話をしていた。

 故に、畑や薬草園の手入れについては勝手知ったるものだったが、ヒューティリアも森に捨てられる前は畑仕事を手伝ったことがあるのだろう。決して邪魔はせず、けれど植えるつもりで出されている苗や種を見つけては、植える場所さえ聞けば手際よく適切に植えてくれる。


 小さな手を土塗れにしながら丁寧に苗を植える姿をセレストは何気なく見遣り、しばし考え込む。

 ヒューティリアの服は袖やスカートの裾が汚れてしまっている。一応師が幼い頃に着用していたらしい服を納戸から引っ張り出して着せてはいるが、如何せんそれらも色褪せ古びていた。

 ヒューティリアは身ひとつで森に捨てられていたのだろうから、必要な物が手元になくて何かと不便をしているかも知れない。これから冬に向けて調達しなければならないものもあるし、近いうちに一度人里に下りるかと結論を出して、改めて鍬に手をかける。


「そう言えば、こういう力仕事には魔法は使わないの?」


 鍬を持ち上げかけた所で声をかけられて、セレストは顔だけ振り返る。問いかけてきた少女は純粋に不思議に思っている表情で、小首を傾げていた。

 セレストは再び鍬を下ろす。


「魔法使いではない人からしたらその方が楽そうに思えるんだろうが……。魔法は魔力を精霊に差し出して仕事をして貰うようなもので、魔力を使うと大なり小なり疲れを覚える。これくらいの作業だったら自力でやってしまった方が楽だな」

「ふぅん……そっか」


 少し残念そうな様子のヒューティリア。しかしセレストは構わず鍬を持ち上げ、地面に振り下ろす。そして土を起こし、畝を作っていく。

 魔法師団では使わなかった筋力を必要とする作業に疲労感を覚えるが、人里からやや離れた場所に住むからにはある程度自給自足できなければ何かと不便だ。なので、仕方なく鍬を振り下ろし続けた。


 畝が出来上がると、鍬を地面に置いてしゃがみ込む。片手で土に触れた所でヒューティリアが駆け寄ってきた。


「何するの?」

「種を植えるのに適した土になっているか、精霊に訊く」

「魔法を使うの?」


 期待に満ちた目で問いかけてきたヒューティリアを見遣ったセレストは、つい先ほどもヒューティリアが魔法を使わないのかと問いかけてきていたことを思い出す。


「いや。ここはこの森の精霊の領分だから、魔力を使わなくても森の精霊が教えてくれる」

「……そう、なんだ」


 とりあえず事実を伝えると、またもやヒューティリアは残念そうに視線を落とす。そんなヒューティリアにどう対応したらいいのかわからず、セレストはとりあえず目の前のすべきことに集中した。


 目を閉じ、念じる。

 魔法を使う場合はこの時に魔力を放出すると、日頃から意思疎通をしている精霊たちがこちらの意志を汲み取って魔法として現象を引き起こしてくれる。

 しかし今回は魔法ではなく彼らの領域にある土の状態を訊ねるだけなので、ただ念じて「この土の状態で種を植えても大丈夫か」と問いかけた。


『ここの土はずぼらなマールエルでも野菜を育てられるように、ぼくらがしっかり整えてるから大丈夫だよ〜』

『ねーっ!』

『そう言えば、マールエルはどこに行ってしまったのかしら』

『ほんとうだね、森から出て行ったことにぼくらが気付かないなんて考えられないんだけど』


 すぐに精霊たちが集まってきて周囲でわいわいと喋り始める。

 精霊も妖精も、基本的にお喋り好きだ。聞いてもいないことまで話し始めるのはいつものことで、普段のセレストなら無視するか適当に受け流す。しかし今の会話の内容は聞き捨てならなかった。


「森の精霊が、森を出入りする人間を把握できなかったのか?」


 思わず問いかければ、精霊たちが静まり返る。その静寂を破ったのは、ヒューティリアだった。


「誰と喋ってるの?」


 まだ精霊たちの声が聞こえていないヒューティリアは、セレストが突如空中に向かって問いかけたのが不可思議に思えたようだった。

 セレストがヒューティリアに答えようとしたところで、周囲の精霊たちがくすくすと笑い声を上げながら自発的に光を纏い始める。

 この光はヒューティリア含む精霊との意思疎通が達成されていない人間でも視認することが可能で、ヒューティリアは突然周囲に現れた、明るい陽の下でもよく見える光に目を丸くした。


 この森の精霊や妖精はお喋りだけでなく、人をからかうのも好きだ。

 また悪い癖が出てるなと思いながらもヒューティリアに説得力のある説明ができるという点では有り難いと考え、セレストは「精霊たちと話をしているところだ」と説明した。


「精霊!?」

「お前を驚かせることに成功して喜んでいる」


 またもや目を輝かせ始めたヒューティリアに残念な事実を伝えるも、ヒューティリアは「凄い!」と喜びの声を上げて光を追い、逃げられては意地になって更に追いかけた。その姿は年相応に見える。

 同じ年頃の子供たちと比べると落ち着いてはいるが、こうしてはしゃいでいる姿を見ると、本当は同年代の子供たちのように無邪気に遊びたいのかも知れない。


 が、そのことにセレストが思い至るはずもなく。

 セレストは単純に「子供は元気だな」などというやや年寄り染みた感想を抱きながら、精霊から太鼓判を貰った土に種を撒き始めた。

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