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ひとつの答え

 長らく降り続いていた雪が止んで数日。

 雪解けも進み、ようやく冬が終わる兆しを見せ始めた、ある日のことだった。


 この日もセレストは、不意を突いてヒューティリアに微笑みかけてきた。


「お前は本当に上達が早いな」


 そんなことを言って、弟子の髪を撫でながら。






「セレストのあれは、何だと思う?」


 場所はリビング。

 ヒューティリアは声を潜め、対面のソファーに座っているムルクに問いかけた。

 問われたムルクはぷっと吹き出してからわざとらしく真面目腐った表情を浮かべ、考え込む素振りを見せる。


「ん〜、まぁ、あれはあれだろう」

「うん?」

「思わず素が出たというか」

「うん」

「ヒューティリア専用の素というか」

「え?」

「ま、そんなところだろう」


 話はお終いとばかりに、ムルクは立ち上がった。


「全然わかんないんだけど!?」


 意味が分からず更なる問いをぶつけたが、無情にもムルクは「自分で考えるのも大事だぞー」と言い残して玄関扉の向こうへと消えていった。

 残されたヒューティリアは困り果てた顔で「えぇー……」と、か細い声を漏らす他なく。

 仕方がないので、本を頼ることにした。


 ヒューティリアは最近、セレストが渡してきたもの以外のマールエルの愛読書にも手を出している。そしてその中から、実はこれが求めている答えに近いのではないかと感じる言葉を見つけていた。


「“天然タラシ”」


 ぽつりと呟くと、周囲から『おぉ!』と声が上がる。


『やっぱりヒューティリアもそう思う!?』

『だよね、そうだよね』


 わらわらと集まってくる精霊や妖精の気配に、ヒューティリアは真剣な表情で頷いた。


「セレストって普段は表情が乏しいでしょ? だから笑顔の威力が凄いんだと思うの。それに、セレストから触れてくることも滅多にないじゃない? だからたまに頭を撫でられたりすると、何というか、こう……落ち着かない気持ちになるんだと思うんだよね」


 言葉にすることで、より一層確信がわいてくる。

 そうとわかれば不意を突いてくるセレストの言動に備え、さっそく「あの笑顔や行動に意味はない」と心の中で繰り返し唱えて自己暗示をかけ始める。


『でもね、ヒューティリア。あれにやられちゃうのは仕方がないことだと思うの』

『僕らもセレストからあんな風に接してこられたら弱いもんね』


 あの素の笑顔がねー、と、精霊や妖精たちが声を揃える。作り物ではない、自然な笑顔だからこそ惹かれてしまうのだと。


 言われてみれば確かに。

 セレストは嘘をつかない。言葉でも、表情でも。

 ならば、最近よく見せてくれるようになったあの笑顔は本物で、ヒューティリアの心臓が跳ねてしまうのは────


「そんなところに集まって、何してるんだ?」


 背後から声をかけられて、ヒューティリアは肩を跳ね上げた。

 振り返るまでもない。セレストの声だ。


『あっ、でもヒューティリアに対する態度はあれだよね。保護者としての自覚が芽生えたからこその態度な気がする』

『あー、確かに』


 お喋りに夢中でセレストがいることに気付いていないのか、精霊や妖精たちは尚も考察を続けている。

 ヒューティリアはピシリと固まった。

 本人のいない所で色々と話していたことが、とてつもなく気まずい。


 何となく振り返ることができないまま、ヒューティリアは視線を落として一心不乱に床の木目を見つめた。動きこそ止めているものの、頭の中では目まぐるしく思考を巡らせている。


 このまま気付かぬ振りは続けられない。ならば、振り返らなければ。そして何か言わなければ。

 何か言うと言っても、何を言えばいいだろう?

 白々しいかもしれないが、「わぁ、気付かなかった! いつの間にきたの?」などと言えば誤摩化せるだろうか──


『でもさぁ。自覚、してるのかな』

『無意識の自覚っぽくない?』

『それ自覚っていうの?』

『でも言いたいことは何となくわかる!』


 まるでヒューティリアの思考を邪魔するかのように精霊や妖精たちの会話は続いてく。


 今、セレストは一体どんな顔をしているのだろうか。

 気にはなるものの、やはり振り返る勇気は出ない。


『本当に、最初はちゃんと師匠としてやっていけるのかって思ってたけど──』


「……その口振りだと、それなりにやれていると受け取っていいんだな?」


『わぁっ!』

『びっっっくりしたぁ!』

『気付かなかった!』

『いつからそこにいたの!?』


 これまで黙って聞いていたセレストが口を開くなり、精霊も妖精も驚きの声を上げた。ヒューティリアの目には見えないが、驚きのあまり飛び上がっている。


(あたしが言うつもりだった言葉はほとんど言われちゃった)


 益々振り返る機会を逃してしまったヒューティリアは、しかしこれ以上背中を向けたままではいられないと覚悟を決め、ゆっくりと背後を振り返った。

 そして最近頻発する、心臓の過剰反応が起こる。


 見上げたセレストの視線は妖精や精霊たちがいるであろうテーブルの上に注がれており、その表情は見事に緩んでいた。

 いつも皺を刻んでいる眉間には一切皺が寄っておらず、いつも感情の読めない瞳は僅かに細められ、いつも真一文字からへの字の間にある口許も、心なしか口角が上がっている。

 総合的に見て、その顔はどこか嬉しそうに見える。


「正直なところ、今でも俺が師匠になんてなれるもんなんだろうかと疑問に思っていたんだが……精霊からも妖精からもそんな風に評価して貰えているのなら、俺が思うよりちゃんとできていると判断してよさそうだな」


 完全に固まっているヒューティリアや精霊、妖精たちの前で、セレストは満足げに頷きながら呟く。

 どうやらヒューティリアの保護者としての自覚云々の話は聞こえていなかったか、意味が捉えられず気にしないことにしたようだ。


 ヒューティリアはしばし惚けながらセレストを見上げていたが、やがて小さく笑みを零した。


(そういうところが、セレストらしくて──)


 と、そこまで考えたところでぴたりと思考が停止した。

 目をぱちくりと瞬かせ、ヒューティリアは首を捻る。


(セレストらしくて……?)


 自分がそのあとにどういう言葉を続けようとしたのかまるで思い出せず、更に首を傾げた。


「どうした?」


 ヒューティリアの顔が疑問符だらけになっていることに気付いたのだろう。セレストがつられるように首を傾ぐ。

 まるで鏡映しのように傾けられた顔。

 セレストは意識していないようだが、そんな風に同じ行動を取っていることが何だか無性に可笑しく思えて、ヒューティリアは吹き出して笑った。


「んーん、何でもない!」


 わからないものを延々とこねくり回していてもしょうがない。

 いつだったかセレストに聞いた、考えごとから抜け出せないときセレストはどうしているのかという問いの答えを思い出す。


 ──解決するまで悩み抜くか、解決しないなら忘れる──


 セレストはそう言っていた。

 その言葉も踏まえ、ヒューティリアはひとつの結論を出す。


 これまで何度となく悩み、いくら考えども答えを出せなかったあの疑問は、今のヒューティリアでは答えの出せないものなのだと。

 これから先もきっと、何度もあの不思議な感覚や感情、心臓の過剰反応は起こるかも知れない。けれど。


(急いで答えを出そうとしなくても、いいのかもしれない)


 解決しないから忘れる、というわけではないけれど、一旦横に置いておくのも悪い考えではないように思う。

 だからこそヒューティリアはこの結論を出し、現時点で答えが出ないことに対して納得する。それもまたひとつの答えなのだと、小さな微笑みを浮かべながら。

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