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もうひとりの弟子?

 朝食を終えると、朝のうちにセレストが作った道を通り、泉の畔でセレストがライアーを奏でる。

 ヒューティリアはその音色に聴き入り、セレストの演奏が終わるとフルートを取り出して息を吹き込む。

 その様子を眺めていたムルクも加わって、ついでにヒューティリアにフルートの指導を少しだけ混ぜて、演奏兼精霊たちとの対話を終えると室内に戻って魔法の勉強が始まった。



 ムルクがヒューティリアに教えられることはもうないため、セレストがヒューティリアに魔法知識を教える場にムルクも同席する。

 当初セレストは嫌がったが、風邪をひいた際に面倒を見たことが効いているのだろう。嫌そうな顔はするものの、追い出すようなことはしなかった。


「魔法とは精霊に呼びかけて魔力を渡し、精霊の力を借りることで成立する。が、何故その手順が必要なのか、精霊の力とは何なのかといった根本を突き詰めていく仕事がある。それが魔法研究者と呼ばれる職業なんだが──」


 セレストが淡々と語る内容は魔法を学ぶという段階から更に進んで、魔法を識るという段階にあるようだった。

 書の賢者マールエルの弟子だけあって魔法への理解が深いセレストの説明は、時々独特の思考がもたらす壁はあるものの、基本的にはわかりやすい。


 ヒューティリアもたまに質問することはあるが、セレストの語る内容をそれなりに理解しているようだ。

 時々投げかけられる疑問の中に、ムルクどころかセレストまでもが答えに詰まる内容のものがある。


「例えば、水を扱う魔法を行使する時に出てくる水ってどこから現れるの? もしどこかから持ってきているのなら、その分だけそのどこかの水が減ってるってことだよね。それって困らない? 減った水分はちゃんと補填されてるの?」


 この調子で、矢継ぎ早に質問に質問が重ねられていく。

 思わずムルクがセレストを見遣ると、無意識にだろうが、セレストもムルクの方へと視線を向けてきた。

 目が合い、思わずムルクは肩をすくめる。


「ヒューティリアはどこまでも突き詰めるタイプみたいだな?」

「俺も、時々恐ろしく思うことがある」


 セレストの珍しい反応にムルクは「へぇ」と笑みを浮かべる。

 こんな風に褒め言葉をセレストが口にするなんて。それも、絶賛の領域だ。


 ムルクがそんなことに感心している間にも、セレストはヒューティリアの疑問に答えていた。

 ここでさらりと答えを返せるのもまた凄いことなんだけどな、とムルクは呆れながらも興味深く耳を傾ける。


 凡庸な魔法使いは使用した魔力が魔法によって引き起こされる現象の糧になっていると考え、それ以上魔法の仕組みについて思考することはない。

 実際、魔力が糧となって魔法という現象が引き起こされているので、追求する意味を見出すこともない。


 けれどヒューティリアは、無から有が生まれるのに魔力の消耗という理由だけでは納得できないのだろう。そしてそれは、セレストも同じ。

 だからこそ、ヒューティリアの質問に答えられる。


 多少優秀な腕を持っていても思考が凡庸なムルクは、ふたりのやり取りがとても新鮮に思えた。

 そんなことは考えもしなかったと、何度思ったことか。


 そうして話を聞いているうちに、あっという間に昼食の時間になる。

 昼食を終えると今度は魔法薬の勉強が始まった。




 魔法薬の勉強は、基本的に調合部屋で行われる。

 実践を交えながら教えるためにこの部屋を使っているのだが、ムルクは魔法薬の授業に同席し始めた当初、実際に使う材料や道具を目にしながら説明を受けるとより理解しやすいという、単純ながらも重要な点に気付かされたものだった。


 いつの間にか「人に教える」という点に比重が傾いてしまいがちだが、魔法薬の知識がないムルクにとって魔法薬の勉強も実に新鮮で楽しい。

 歳を重ねようとも、新たな知識や技術を取り入れることはこんなにも心躍ることなんだな、などと思いながら、真剣にセレストの話に聞き入った。


「本来なら魔法植物の育成から始めて、魔法植物を自力で育てられるようになってから魔法薬の作り方を覚えるんだが」


 来た時期が悪かった。

 言外の言葉に、ムルクはへらっと笑う。


「まぁまぁ。今は聞きかじり程度でもいいんだよ。いつか時間を見つけて魔法植物を育てるところから教えて貰えれば」


 な? と同意を求めれば、無表情のまま、すっとセレストの目が細められた。


「誰が教えるんだ」

「お前が」

「どこで」

「王都に来た時にでも!」


 な? ともう一度同意を求めれば、深い深いため息が漏らされた。


「王都で魔法植物を育てるには、厳重な管理が可能な温室が必要になる。更に、国から温室の審査を受けて合格し、魔法植物を育てる許可を得る必要がある」


 そんなことも知らないのか、と、これまた言外に呆れられてムルクは閉口する。


「魔法植物が悪用されないよう監視するために王都では魔法植物を厳密に管理している。知らずに許可なく魔法植物を育ててしまった場合でも、相当高額な罰金が課せられるから気をつけることだな」

「うぇぇ、おっそろしいなー!」


 ムルクは自らを抱きしめるようにして腕をさすると、小さく身震いした。

 その様子に、セレストは今一度溜息を漏らして妖精に呼びかける。


(大きめの鉢と充分な土を用意してくれ)


 この呼びかけに妖精たちは意図を汲んで『わかったー!』と元気よく応じると、すぐさま調合部屋の室内に大きめの鉢が現れ、鉢の中が土で満たされた。

 唐突な出来事に驚くヒューティリアとムルクに、セレストはひとこと。


「ここにいる間であれば教えてやる」


 そう言って、壁一杯に並ぶ棚の引き出しのひとつから小さな包みを取り出し、ムルクに渡した。


「そこに傷薬の材料になる魔法植物の種が入っている。割と強い種類の植物だから、土と水さえ適度に管理できればすぐ育つ。土と水属性が得意なお前なら問題ないだろう」


 さらりと言われた言葉にムルクは動きを止め、目を瞬かせた。


(何か、聞き逃してはならない言葉があったような)


 そんな気がして、今言われた言葉を頭の中で思い返してみる。

 すると。


 ──お前なら問題ないだろう──


 その一言が、脳内で強く繰り返された。

 まるでセレストがムルクの力を認めているとも取れる言葉。

 セレストが魔法師団に入ってきて以降ずっと構い続けてきたが、今までそんな言葉をかけられたことなどなかった。


 表情を崩したムルクを、セレストが怪訝な顔で見ている。そのセレストを押しやるようにして、ヒューティリアが顔を覗かせた。


「もしセレストに聞き難かったらあたしに聞いてね! その魔法植物ならあたしも育ててるから、きっと力になれるよ」


 にこりと笑いかけてくるヒューティリアに、ムルクは「頼りにしてるよ」と応じて微笑んだ。

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