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ムルクの教えと才能

 ムルクがこの家を訪ねてきてから三日が過ぎた。


 セレストの熱は下がったものの、激しく咳き込んでいて完治とは言い難い。

 本人は咳が残っているだけで動けるからと病人扱いされることを拒んでいるが、ムルクが「大人しく寝てろ。んで、さっさと完治させてヒューティリアを安心させてやれ」と言い負かして無理矢理安静にさせている状態が続いている。

 セレストも「風邪がうつるだろ」と言われてしまえば反論できないようだった。



「セレストが治るまでは俺が上級魔法の使い方を教えてやるよ」


 ヒューティリアは室温を維持する魔法が決して下手なわけではないのだが、上級魔法として扱うにはまだ未熟であり、ムルクの助けを得ながら家の中の温度を保っていた。

 そこでムルクがひとつの提案をする。それが、先の言葉だった。


「ムルクが?」

「そーそー。俺は土と水が得意なんだが、死に物狂いで練習したおかげで火や風も扱えるから、温度調節魔法も一通り使えるんだ。四属性使えるやつは稀だから、これでも魔法師団の中では結構な使い手なんだぜ? 」


 セレストには負けるけどな、と片目を瞑ってみせるムルクに、ヒューティリアは不思議そうに首を傾げた。


「四属性使える人って少ないの?」

「そりゃあ、そうそういないさ。一般的に自分が得意な属性をひとつかふたつ使えれば一人前だしな」

「そうなんだ」


 ヒューティリアは苦手はあれど四属性全て扱える。

 それが実は凄いことなのだと知って、けれど実感が湧かなくて、気の抜けた返事をする。


「そう言えば、ヒューティリアは火と土が得意属性だったよな。得意属性とは言えその年で上級魔法を使えるのは凄いことだし、今はまだ不安定でも現時点でこれだけできてるんだ。練習すればすぐに使いこなせるようになるさ」


 豪快に笑うムルクに応えるようにヒューティリアも微笑む。


 今自分にできること、役に立てることと言ったら室温を保つ魔法くらいしか思い付かない。

 ならばできるだけ早く安定して上級魔法を扱えるようになろうと、ムルクの言葉を受けて決意を新たにしていた。




 結論から言うと、ムルクは教えるのが下手だった。

 セレストも感覚的に魔法を使う魔法使いだが、ムルクはその遥か上を行く。


 どれほど感覚的なのかというと。


「こう、いつも通り放出する感じで魔力を手の上に乗せるだろ、んで、パッと手から飛ばす感じでサッと目的の場所に魔力を送って、そこを起点に魔法を発動させる感じなんだよ」


 上級魔法のコツはあるかと問いかけ、返ってきた答えがこの状態。

 うっすら理解できる気はするものの、曖昧すぎて掴み切れず。ヒューティリアは目を瞬かせるしかなかった。


『あははははは!』

『何それ、意味わかんない!』


 一方、正直な感想を口にするのは精霊たち。

 セレストを看病したりヒューティリアを気に掛けたりしているムルクを、信用に値する人間であると認識したのだろう。

 隠れることなく周囲に集まり、ヒューティリアを補助しようとするムルクに力を貸している。

 ……が、口頭での説明の酷さに対しては遠慮なく苦言を呈していた。


『そんなんじゃ伝わるものも伝わらないよ』

『パッとかサッとかで誤摩化さないで、ちゃんと言葉で伝える努力をしないと』

『これならまだセレストの方が教えるのうまいよ』


 散々な言われように、ムルクは項垂れた。


「わかってるよ。だから俺は実技は得意でも筆記は苦手だったんだよなぁ。説明しろって言われても、うまい言葉がでてこないんだよ」


『そこで諦めちゃだめだよ』

『上手に教えられるようになれば、いつか弟子を取ることもできるかもしれないよ?』


「弟子かぁ」


 呟いて、ムルクはヒューティリアを見遣った。目が合ったヒューティリアは首を傾げる。


「ヒューティリアみたいな優秀な弟子なんて、そうそういないだろ」


『そりゃあね、ヒューティリアみたいな子はなかなかいないでしょ』

『いい子だし』

『才能の塊だし』

『あのセレストが師匠でもやってこれてるという意味でも優秀だし』

『そんな人材、その辺に転がってるわけないじゃん』


「だよなぁ」

「ちょっと、セレストは凄くいい師匠なんだからね!」


 次々に誉められて戸惑っていたヒューティリアは、さらっとセレストを非難するような言葉が入っていたことに気付くなり身を乗り出す。

 途端にムルクも精霊たちも静まり返り、次の瞬間には笑い声をあげた。


『ヒューティリアはセレスト贔屓だもんね』


「贔屓じゃなくて、本当のことだもん」


『わかってる、わかってるよ』


 くすくすと笑う精霊たちに混じって笑っていたムルクは、ふと目を細めた。


「そうだな、ヒューティリアは本当にセレストを尊敬してるんだもんな」


 揶揄うことなく、それどころかどこか羨ましそうな様子でため息ひとつ。

 その視線は自然とセレストの部屋の方へと向けられた。


「……俺も、師を持つ魔法使いだったらよかったなぁ」


 ぽつりと漏らされた呟きが聞き取れず、しかもムルクの表情が沈んだように見えて、ヒューティリアは何を言ったのか聞き返そうとした。しかし。

 ぱっといつもの明るい笑顔を浮かべてムルクが振り返った。その顔には先ほど掠めた陰りが一切見受けられない。


「まぁ、折角の機会だ。老後……魔法師団を退団した後、弟子を取ることをひとつの目標にしてみてもいいかもな! てことで、温度調節の上級魔法はこのまま俺に教えさせてくれないか?」


 もっとわかりやすく説明できるように頑張るから、と言われてしまえば断る理由もない。

 今はセレストに教えを請うこともできないし、何よりムルクがやる気になっている。


 ヒューティリアにとって、ムルクはフルートの師匠だ。

 フルートの扱いや演奏方法を教えて貰ったときは実践しながら教えられたため、感覚的に説明されても違和感はなかった。それでもヒューティリアがうまく理解できないときは、根気よく教えてくれた。

 だから今回も、ムルクならきっと、ヒューティリアが理解できるまで根気よく教えてくれるだろう思った。


「うん。よろしくね、ムルク」


 頷いて了承すると、ムルクが手を差し出してきた。その意図を理解してヒューティリアはその大きな手を握る。

 こうして、短い期間ではあるが新たな魔法使いの師弟が誕生した。




 その更に三日後、セレストの咳も大分治まって日常生活に支障はなくなったものの、ムルクはヒューティリアに上級魔法を教える役目を譲ろうとしなかった。

 とは言っても、ムルクがセレストにひたすら懇願するように頼み込んでいるのだが。


 手を合わせるどころか、頭まで下げて頼み込んでくるムルクに対し、セレストは困惑の表情でヒューティリアを見遣った。


「……ヒューティリアがそれでいいなら」


 最終判断をヒューティリアに委ねる。

 委ねられたヒューティリアは「うーん」と唸ると、ムルクを正面から見据えた。


「ムルクはどうしてそんなに、あたしに上級魔法を教えたいと思うの?」


 そう問いかけた。

 対するムルクの答えは。


「ヒューティリアの上達は目覚ましい。俺の予想を遥かに越えている。だからこのまま、この目で上級魔法を完璧に習得する瞬間が見たいんだ。それも、できれば俺の教えの結果として」


 真剣に答えたムルクに、ヒューティリアは眉尻を下げて困ったような笑みを浮かべた。そしてセレストを見上げ、自らが出した結論を告げる。


「あたし、このままムルクに上級魔法を教えて貰うね」


 ヒューティリアが出した答えを聞いて、セレストは仕方がないと言わんばかりのため息を吐く。そして「わかった、任せる」と頷きながら、微かに口許を緩めた。

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