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できること

「なんでお前がここにいる……」


 自室に現れた元同僚の姿を目にして、重い体を何とか起こそうとしていたセレストは嫌そうな表情を浮かべた。

 来客が招かれざる客ではなかったことに関しては安堵したが、自分の今の状態的にあまり歓迎できる相手でもない。セレストにとってムルクは厄介で面倒くさい人物なのだ。

 苦手なのかといえばそれもまた違うのだが、遠ざけても気にせず寄ってきて、冷たくしても何処吹く風。ムルクはセレストにとって未知の思考の持ち主だ。

 故に絶不調の今、面倒なやつがきたとしか思えなかった。


「おーおー、弱ってんなぁ」


 結局起き上がれずベッドに沈むセレストを見遣り、ムルクは苦笑を浮かべた。

 その声量には気遣いが現れ、極力抑えられている。


「温度調節の魔法も維持できないほど弱るなんて、珍しいな」


 不意に真顔になったムルクの言葉に、セレストは無言で目を閉じる。

 すると精霊たちが集まってくる気配。すぐに室内の温度が快適な温度へと押し上げられた。

 とは言っても、先ほどまでも耐えられないほど寒かったわけではない。言われてみれば少し寒かったかもしれない……と思う程度の違いだ。

 平静さを失っていたヒューティリアに至っては、その些細な違いに気付いてすらいなかった。


「無理すんなよ。今調節してもどうせまた維持できなくなるんだろうし、俺が代わりに維持しておいてやるよ」


 と、ムルクが口にした瞬間。

 それだ! とヒューティリアは心の中で叫ぶ。


「あのっ! あたしが温度調節の魔法を使いたい!」


 今自分にできること……できそうなことは、これしかないと思った。

 上級魔法はまだ未熟だが、秋頃に比べればだいぶ上達している。

 温度調節の魔法に限って言うなら、むしろこの魔法ばかりを練習していたので、体調を崩しているセレストより自分の方が安定して室温を維持できるはずだと挙手した。


 そんなヒューティリアの勢いに圧され、ムルクは問うような視線をセレストに向けた。

 ムルクはヒューティリアがどの段階まで魔法を使えるのか、把握できていないのだ。


「……わかった。任せる」


 ヒューティリアとムルクの視線を受け、セレストはすんなり了承して自らが施している魔法を解いた。

 周囲を満たしていた気配が薄まるような感覚。

 実際、魔法を維持するために力を行使していた精霊たちが室内から引いていったのだ。


 外気に均されるように緩やかに下がり始めた室温を感じ取り、ヒューティリアは心を落ち着けて精霊たちに呼びかける。


(部屋を過ごしやすいように暖めて)


 呼びかける言葉は曖昧ではあるが、快適な温度がどの程度のものであるかを思い浮かべて伝える。

 すると魔力を求めて精霊たちが集まり、ヒューティリアは彼らに魔力を渡した。

 体の外に、目には見えない力が流れ出ていく感覚。それを経て、再び室内に精霊たちの気配が戻ってくる。


 間もなく、少し冷え始めていた室温が過ごしやすい温度へと戻っていく。


「へぇ、もう室温維持までできるのか。これは中級?」

「まだ不安定だけど、一応上級だよ」


 ムルクの質問に答えると、ヒューティリアはすぐにその大きな背を押した。


「それより、セレストの看病をお願い」

「お、そうだったそうだった」


 ヒューティリアとムルクが短いやり取りをしている間に、セレストは眠りに落ちていた。

 よほどつらいのだろう、眠っていても眉間の皺が消えることはない。


「とりあえず額に乗せる布はあるか? あと、氷嚢があれば助かる」

「布はわかるけど……」


 ヒューティリアがこの家に来てから二年と少し。

 その間、セレストもヒューティリアも病気をしたことがない。なのでこの家に氷嚢があるのかも、あるとしてもどこに置いてあるのかもわからなかった。


「なら水袋で代用しよう」

「わかった」


 急ぎ布と水袋を持って戻ると、ムルクが魔法を使って布を濡らし、続いて氷を作り出して少量の水とともに水袋に入れた。

 それをセレストの額に乗せると、しばし考え込む。


「熱が出てるなら下手に薬で治そうとしなくてもいいのかもしれないな。これ以上熱が上がるようだったら医者に見せた方がいいんだろうが……とりあえず、もう少し様子を見よう」


 ムルクはヒューティリアを部屋の外へと促した。

 人の気配があってはセレストもゆっくり眠れないだろうという配慮なのだが、ヒューティリアは不安気にセレストの部屋の方を振り返る。

 その様子を目にして、ムルクは苦笑しながらヒューティリアの頭を撫でた。


「そう心配しなくても死にやしないから大丈夫だ。風邪だからと軽く見るのも危険だが、今日は一日様子を見て、明日医者を呼ぶか判断しよう」

「……うん」


 ムルクの言葉に頷くと、ヒューティリアは弱気になっている自らを鼓舞すべくバチンと両頬を張った。

 次いで目を丸くしているムルクを振り仰ぎ、笑顔を浮かべる。


「ありがとう、ムルク。ムルクが来てくれて良かった。あたしひとりじゃ、どうしたらいいのかわからなかったもの」

「そっか。役に立てたなら良かったよ」


 今度はぐしゃぐしゃに髪を撫でられながらリビングに移動すると、ヒューティリアはムルクをソファーに座らせてお茶の用意をした。

 茶請けに昨日作り置いていた焼き菓子を取り出し、一緒にテーブルに並べる。

 手際よく魔法を使って湯を沸かし、来客をもてなすヒューティリアにムルクは素直に感心していた。


「ヒューティリアって、今いくつだっけ?」

「あたし? 十二歳だけど」

「そうかぁ。いやぁ、ヒューティリアはしっかりしてるな」


 初めて会った時からしっかりしてる子だとは思っていたが、時折見せる……それこそつい先ほどまで見せていた不安そうな様子はまさに子供らしい姿だった。

 けれど、平時ではしっかり者の顔の方が表に出るのだろう。落ち着きさえ取り戻せば、てきぱきと自分がすべきことを見つけて動き出す。


「俺が十二の頃なんて、アホ面して走り回ってたもんなぁ」


 しみじみと頷きながら漏らすと、ヒューティリアは目を瞬かせ、次の瞬間には吹き出して笑っていた。


「十二歳のムルクなんて、想像できない!」

「そうか? 親やイナが言うには、今とそう変わらないらしいぞ」


 ムルクの言葉に、ヒューティリアは更に大きな笑い声を上げた。

 今と変わらない姿のムルクが間抜け面をして走り回っている光景を想像してしまい、笑いのツボにはいってしまったのだ。


 心底可笑しそうに笑うヒューティリアに、ムルクは柔らかい視線を向ける。

 ムルクにとってもヒューティリアはフルートの教え子であり、弟子のようなもの。先ほどまでの不安そうな表情が消えたことにほっと息を吐く。


(全く、弟子を困らせるなんて悪い師匠だ)


 セレストの部屋の方を見遣り、そんなことを思う。


(ま、病気ばかりはどうしようもないか。このタイミングで来れたのは、本当に奇跡だな)


 自らの間の良さを自画自賛しつつ、ムルクはヒューティリアが用意した茶請けに手を伸ばした。

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