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心強い助っ人

 突然響いたノックの音に、ヒューティリアとセレストは反射的に玄関方面へと顔を振り向ける。

 そのまま様子を窺っていると、僅かな間を挟んで再び玄関扉がノックされた。


 ヒューティリアはセレストを振り返ったが先ほどのやり取りを思い出して顔をしかめると、師に反抗するかのように何も言わずに部屋を出た。

 背後から名を呼ぶ声が聞こえたが無視して、極力足音を立てないように玄関扉まで移動する。そこで一度立ち止まり、しばし思考を巡らせた。


 雪深い日の早朝に、森の中の一軒家に来客。

 どのような客かと考えたとき、歓迎できない客人である可能性が高いだろうと結論を出す。

 ヒューティリアはいつでも精霊に呼びかけられるよう身構えながら、意を決して誰何の声を上げようと大きく息を吸いこんだ。

 しかし。


「おぉ〜い、誰もいないのかぁ?」


 聞き覚えのある声に、ヒューティリアは息を吸い込んだまま固まる。


 ここにいるはずのない人物を想起させる声。

 そんなはずはないと思うものの、聞き間違いようのない、レグとはまた違った野太くも穏やかな声質に無意識に警戒が解けていく。


「セレストー、ヒューティリアー? 俺だ、ムルクだぞ〜。……本当にいないのか?」


 再び玄関扉がノックされ、聞き覚えのある声──ムルクの声が再度投げかけられた。

 動作を止めたままだったヒューティリアは、慌てて玄関扉を開け放つ。そして、正面に現れた壁かと思うほど大柄な男に飛びついた。


「ムルク!」


 突如飛び出してきた少女を、ムルクは危うげなく受け止めた。ムルクの困り果てたような表情が、安堵とともに笑みの形へと崩れていく。


「ヒューティリア! 久しぶりだなぁ。いやぁ、いてくれてよかった。また村まで引き返さなきゃならないのかと思ったぞ」

「すぐ出られなくてごめんね」

「いや、それくらい警戒した方がいいだろう。今日みたいな日に来客だなんて、怪しさしかないからな」


 そして怪しさしかない来客が俺だったんだがな、とムルクが豪快に笑う。

 先ほどまでセレストの高熱に動揺し、心細く思っていた気持ちがムルクの暖かな笑い声に吹き飛ばされて、ヒューティリアも力の抜けた笑顔を浮かべた。


「それにしても、どうしてここに? ここは王都から遠いのに」


 ヒューティリアが至極当然な疑問を口にすると、ムルクはふと室内に目を向け、違和感を覚えて笑みを消す。

 まだ陽が昇り始めたばかりとは言え、セレストが起き出していてもおかしくない時間だ。なのに見える範囲にセレストの姿はなく、室内も薄暗い。


「なぁ、ヒューティリア」


 ヒューティリアの疑問に答えるより先に確認しておくべきかと考えて切り出せば、ヒューティリアが小さく首を傾げる。


「セレストはどうした?」


 問われたヒューティリアは、きゅっと口を引き結んだ。しかしすぐに問いに答えるべく、口を開く。


「セレストは今、高熱で起き上がれない状態なの。昨日から調子が悪そうだったんだけど、今朝はいつも起きてる時間になっても起きてこないから様子を見にいったら、すごい熱があって……」


 答える間にも思考を巡らせる。

 セレストがヒューティリアに看病をさせないというのであれば、ムルクならどうだろう。

 もしセレストが拒否しても、ムルクであれば世話を焼いてくれるのではないか。

 それに、ムルクがいてくれたらヒューティリアも心細くない。


 そんな打算までもが浮かび、言うだけ言ってみようと考えた。

 ムルクにも都合があるだろうから、せめて初期の処置だけでもしてもらえたら御の字だと。


 ヒューティリアは改めてムルクを見上げた。気遣うような瞳と目が合う。


「あたしが看病するって言ったんだけど」

「どうせ、拒否してきたんだろ」


 お見通しだと言わんばかりに苦笑を浮かべ、ムルクは大きくため息を吐いた。


「──どうしてここにきたのかって話だったな」


 唐突に話題を戻されて、ヒューティリアは戸惑った。先ほどの話の流れのままムルクに助力を請うつもりでいたからだ。

 そうして戸惑っている間にも、ムルクの話は進んでいってしまう。


「実は魔法師団の仕事で近くの町まで来てたんだ。っていうのも、冬眠に入れず害獣化した野生動物の駆除とか、家屋を押しつぶすほど雪が積もる見込みの村や町から除雪の救援要請があったからなんだが」


 そこまで語って、肩をすくめる。


「だけど、この雪だろう? 王都から交替要員が派遣されてくる予定だったんだが、既に王都への道も雪で閉ざされててどうにもならなくてなぁ。さすがに王都までの道を除雪しながら戻るのは不可能だし、上に指示を仰いだら、現地に逗留して除雪の手伝いをしながら雪解けを待て、だとさ」

「それは……大変だったのね」


 素直な感想を漏らすと、ムルクは「酷い話だろう?」と、言葉とは裏腹に笑った。


「とは言っても、既に一度除雪を済ませた場所に魔法師団の団員は五人もいらんだろうと思ってな。近くに知り合いが住んでる村があって心配だから、俺はそっちに逗留するって言って抜けてきたんだ。ちなみに、団長にはセレストの様子を見にいくと報告済みで許可を貰ってるし、イナにも雪でしばらく戻れそうにないから、俺が戻るまで実家で過ごすように伝えてある」


 準備万端ってわけだ、と力強く胸を叩くムルクを、ヒューティリアは首を傾げながら見上げた。

 何の準備が万端だというのだろうと、純粋な疑問を抱く。

 そんなヒューティリアの心情を見透かすように、ムルクは言い放った。


「てことで、しばらくここに置いて貰いたいんだが。お礼と言っちゃなんだが、セレストの面倒は俺が看るからさ」


 片目を瞑ってみせたムルクの言葉に、ヒューティリアの表情がぱっと輝いた。


「ありがとう、ムルク!」


 思い切りムルクに抱きつくと、ムルクは「任せとけ!」と力強く請け負った。

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