幕間『森の中のヒュー 〜森の守護者〜』
ヒューティリアは森に住む小さな妖精。
炎のような色の髪と、海のような深い青色の瞳を持っていて、森の仲間たちからは「ヒュー」と呼ばれています。
ヒューティリアが生まれた森の中には他にもたくさんの妖精や精霊がいて、ヒューティリアもそんな仲間たちと楽しく仲良く暮らしていました。
その森に新しい仲間が加わったのは最近のこと。
真っ白な髪を後ろでひとつにまとめ、森と同じ緑色の瞳をした人間の魔法使いがひとり。
ヒューティリアはその魔法使いととても仲良くなり、一緒に過ごす時間が楽しくて仕方がありませんでした。
新たな仲間を加えた森は秋を迎え、色鮮やかな落ち葉が舞い散っています。
そんな美しい景色の中に、魔法使いは一軒の家を建てました。
「すてきなおうちね、魔法使いさん!」
完成した家を見にやってきたヒューティリアが手を叩いて誉めると、魔法使いは嬉しそうに微笑みました。
『ありがとう、ヒューティリア』
嬉しそうな魔法使いさんの顔を見て、ヒューティリアもとても嬉しくなります。
しかし、家を建てるために木を切った場所がすっぽりと開けて、何となく寂しいような気がしてしまいました。
「ねぇ、魔法使いさん。この辺がちょっと寂しくなっちゃったね』
『じゃあここにも何か作ろうか。何がいいだろう?』
問いかけられたヒューティリアは、真剣に考え込みました。
この森にないものがいいなぁ。
すてきなおうちのとなりだから、すてきな何かがいいなぁ。
そんなことを考えているうちに、すばらしいことを思い付いて飛び跳ねました。
「そうだ! 泉を作ったらきっとすてきだと思うの!」
『泉か。それはいいな。では妖精たちにも精霊たちにも手伝って貰わないと』
そう言って、魔法使いは妖精や精霊たちに呼びかけました。
呼ばれた妖精たちも精霊たちも喜んで力を貸してくれて、何日もかけてとても美しくて大きな泉ができあがりました。
「きれいね!」
完成した泉を見てヒューティリアが感動していると、妖精の長がこう言いました。
「これほどの泉であれば、我ら妖精の棲み処にもできそうだ。どうだろう、この泉に我々を住まわせてくれないだろうか」
『お気に召したのなら』
妖精の長の提案に、魔法使いは笑顔で頷きます。
泉を作るのに協力した精霊たちも、妖精の長に泉を気に入ってもらえて喜んでいました。
こうして、この日から妖精たちの棲み処は魔法使いの家のとなりの泉になりました。
魔法使いとおとなりさん同士になったことをヒューティリアはとても喜び、毎日のように魔法使いのもとを訪れていました。
そんなある日のこと。
森がざわめき、精霊たちが異変に気付きました。
「大変だ、武器を持った人間が何人か森の中に入ってきた!」
その知らせを受けて、魔法使いは家を飛び出しました。
魔法使いはようやく見つけた自分の居場所であるこの森を、守りたいと思っていました。
まだ妖精や精霊の長たちに守護者と認めてもらえていないけれど、侵入者たちを放置できないと、精霊たちの導きに従って森の中を急ぎます。
侵入者のもとに辿り着くと侵入者たちは森の動物の命をたくさん奪い、木を傷つけ、森の中で火をおこしていました。
しかもその火が周囲の落ち葉に燃え移り、今にも大きな火事になろうとしていたのです。
『精霊たち、力を貸してくれ!』
魔法使いが呼びかけて周囲の精霊たちが力を貸し、大量の水がふりそそいで炎を打ち消しました。
その様子を見ていた侵入者たちが慌てだします。
『ひぃっ! 魔法使いだぁ!』
『この森に守護者はいないはずなのに!』
『逃げろー!』
魔法使いは逃げ出そうとする侵入者に向けて魔法を放ち、侵入者たちの足元に大きな穴を開けました。
侵入者たちは穴に落ちて気を失いました。
そのことを確認した精霊たちが魔法使いのまわりに集まります。
「すごいよ、魔法使いさん!」
「あっというまに解決しちゃったね」
「ありがとう、魔法使いさん」
次々と声をかけてくる精霊たちに、魔法使いは笑顔を向けました。
『この森が無事でよかった。力を貸してくれてありがとう』
この言葉に、精霊たちは感動に震えました。
感謝したいのは自分たちの方なのに、この魔法使いは森を守るために侵入者に立ち向かってくれただけでなく、森を守るために力を貸した自分たちに感謝してくれている。
そんな人間がいるなんて、この森の精霊たちは知らなかったのです。
無事に侵入者を撃退して兵士に引き渡し、命を奪われた動物たちを埋葬すると、魔法使いは家に戻りました。
家に戻るとヒューティリアが待っていて、魔法使いに飛びついてきました。
「おかえりなさい、魔法使いさん! 無事でよかった!」
魔法使いからは見えないけれど、ヒューティリアは不安で不安で泣きながら待っていたのです。
震えるヒューティリアの声からそのことを察した魔法使いは、心を温めるような光を纏っているヒューティリアにそっと手を添えました。
そして安心させるような静かな声で、『ただいま、ヒューティリア』とささやいたのでした。
それから時はすぎ、魔法使いがこの森にあらわれてから一年後のこと。
あれからもいくどとなく侵入者を追いはらったり凶暴になった野生動物が森を荒らすのを阻止したりしていくうちに、妖精や精霊の長たちも魔法使いのことを認め、魔法使いはこの森の守護者になりました。
常に親友であるひとりの妖精を肩にのせていた魔法使いは、妖精や精霊たちに友として親しまれ、やがて森の外の人々までもが認める魔法使いになっていくのですが……それもまた、別のお話。




