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マイペースな青年とぎこちない少女

 ヒューティリアの意志を確認したあと、これから共同生活をしていくことになる互いを知るために、話せる範囲で自分の身の上について語り合うことにした。

 とは言ってもセレストはヒューティリアの事情を師の手紙からある程度把握していたので、自分の身の上について簡単に伝える。


 自分も捨て子でありマールエルに拾い育ててもらい、魔法使いの弟子として魔法と魔法薬作りを学んだこと。

 六年前に独り立ちしてガシュレン王国の王国魔法師団に入団したが、つい先日師から手紙で呼び出されたのをきっかけに魔法師団を退団し、今日この家に戻ったばかりであること。


 セレストは淡々と語っていたが、ヒューティリアとしては出だしの「俺も捨て子だったんだが」の時点で息を詰めていた。しかしあまりにもセレストが何でもない様子で話し続けるので、かけるべき言葉を見つけられないまま大人しく話に聞き入る。

 だがそれも最後に出てきた「魔法師団」という名称を耳にして一変する。ヒューティリアは前のめりになり、瞳をきらきらと輝かせた。


「王国魔法師団! あたし、聞いたことある! 戦争とかの時に前線で戦う兵士を支援する、すごい魔法使いの集まりなんでしょ?」

「まぁ、一応。でもこの国はいま平和だからな。主な仕事は害獣駆除と魔法に関する研究だ」

「そう、なんだ」

「ああ」

「…………」

「…………」


 沈黙が下りる。

 ヒューティリアは居心地悪そうにソファに座り直し、ちらちらとセレストに視線を送りつつ様子を窺う。

 一方セレストは沈黙など気にも止めずに荷解きを始めた。そしておもむろに問いを投げかける。


「そういえば、年は幾つなんだ?」

「十歳」

「そうか」

「うん」

「……」

「そっ、そうだ、あんたは? あんたは幾つなの?」

「二十四」

「へぇ、思ったより年上なんだ。もっと年が近いのかと思った」

「そうか」

「うん」

「………………」

「………………」


 度々落ちる沈黙に、ふたりの反応はまるで正反対だった。

 片や全く気にも留めずに荷解きを続け。片や気まずくて必死に話題を探して視線を宙に彷徨わせる。


「あっ、あー、そうだ。あたし、帰る家がないから、ここに置いて欲しいんだけど」


 必死に探した話題は、何とも自虐的な内容だった。「ここにいたいならいてもいい」とは言われたものの、自分の意志をまだ伝えていなかったことを思い出したのだ。

 故に改めてその話題を切り出すと、セレストは荷解きをする手を止め、ヒューティリアに向き直った。その眉間には深い皺が刻まれている。「何言ってるんだ、こいつ」という幻聴すら聞こえてきそうな表情だ。


 やはり図々しかっただろうか。

 そんな思いが過り、ヒューティリアは何とか取り繕っていた表情を力なく沈ませ俯いた。


 しかし。


「お前に帰る家がないことは師匠の手紙に書いてあったし、師匠もここに住まわせるつもりだったんだろう。お前に出て行くつもりがないなら、好きなだけいればいい」


 あっさりと言い放ち、驚き顔を上げたヒューティリアを放置してセレストは再び荷物を漁り始めた。

 何か小さな物を探しているらしくなかなか見つからない様子だったが、やがて「あった」と呟いて手の平に収まるサイズの何かを引っ張り出し、ヒューティリアに差し出す。


 それは首にかけられるよう紐が取り付けられた、小さな笛だった。


「……これ、何?」

「笛だ」

「そっ、そんなの見ればわかるもん!」


 いくら田舎の村出身で多くを知らない子供とは言え、笛くらい見ればわかる。

 馬鹿にされたのかと思ったヒューティリアは反射的に声を荒げたが、一方でセレストは小首を傾げた。なぜヒューティリアの機嫌を損ねてしまったのかわからない、といった顔だ。

 しかし真剣な面持ちで考え込むことしばし、何かに思い当たった様子で「ああ」と声を上げた。


「この笛は魔法を使う上で必要になる道具だ」


 今度はヒューティリアが首を傾げる番だった。

 セレストは再び考え込み、ヒューティリアが何に対して不思議に思っているのかを察して詳細を口にする。


「魔法を使うには精霊の力を借りる必要がある。そのために精霊たちとは友好的な関係を築かなければいけない。幸い精霊たちは音楽好きであることがわかっているから、日頃から精霊たちが好む音や旋律を聞かせることで友好関係を作りあげることが可能だ。その笛の音も人の耳には一定の音にしか聴こえないが、精霊の耳には美しい旋律に聴こえるらしい。師匠から貰ったものだが、俺には使い道がないからお前にやる」


 告げられた言葉に、ヒューティリアは目を瞬かせて差し出されている笛に視線を落とした。


「そんな大事な物、貰っていいの?」


 そう問いかけるヒューティリアの頬は僅かに紅潮している。これで魔法に触れられるのかという期待がその瞳に浮かんだが、その期待はセレストの次の言葉で打ち砕かれた。


「魔法を使いたいなら日に一度は吹いておけ。お前が精霊に好かれるまでは魔法を教えようがないからな。それまでは文字の読み書きを教える」

「えっ」


 明らかに落胆するヒューティリアに構うことなくセレストは笛を押し付け、ソファから立ち上がった。


「お前が使っていた部屋は、師匠の部屋の向かい側……奥の右手側の部屋だな?」

「えっ? あ、うん」

「俺は手前の左手側の部屋を使う。今日は疲れたからすぐ休むつもりだが、何かあったら声をかけるように。風呂は用意しておくが、先に使わせて貰う」


 それだけ言い残すとセレストはさっさと調理場横の扉に向かい、その向こうに消えていった。恐らくその扉の先に浴室があるのだろう。

 ただひとりリビングに残されたヒューティリアは言葉を挟む隙も見つけられないままその背中を見送り、押し付けられた笛に視線を落とす。


 不思議な色合いのシンプルな笛には、金属特有の重みがあった。そっと触れればつるりとした表面を指が滑っていく。

 新品かと思うほど汚れも傷も見当たらず、セレストがその師から与えられたと言うほどの年数を経た物には見えない。しかしそこに不思議な力が宿っていることは、魔法に触れたことのないヒューティリアにも何となくわかった。


 おもむろに笛を持ち上げる。そして軽く咥えると、ヒューティリアは笛に柔らかく息を吹き込んだ。

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