成長と変化
ヒューティリアがセレストの弟子になって、三度目の秋がやってきた。
木々はまだ色づいていないが、肌に感じる太陽や風の温度、日没の時間の変化が季節の移ろいを知らせてくれる。
「ん〜、いい天気!」
時刻は早朝。しかしすでに日は昇り始めており、視界は充分に明るい。
ヒューティリアは庭に出るなりぐぐっと体を伸ばし、森の空気を思い切り吸い込むと畑へと向かった。その胸元では金属製の笛が二年前と変わらずに揺れている。
ヒューティリアはこの森にやってきた頃と比べ、身長が伸び、手足もすらりと長くなっていた。
気の強そうな大きな瞳は好奇心の旺盛さを湛えているものの、落ち着いた印象を与える水色の瞳の影響か、はたまた本人の性格によるものか。同年代の子供よりしっかりしているように見える。
隠すことがなくなった見事な赤髪は長く伸ばされており、瞳と同色のガラスがあしらわれた髪飾りでハーフアップにまとめられている。伸びるにつれ目立ち始めた毛先のうねりも、ヒューティリアの髪をより一層華やかに見せていた。
内面に関してはやはり同年代の子供に比べると落ち着いており、魔法使いの弟子として蓄積してきた心構えや知識量も相まって、滅多なことでは冷静さを失わず、大人顔負けの意見を口にすることも増えてきた。
一方で、一昨年の夏以降は読書好きに拍車がかかり、今ではすっかりソーノやマールエルの愛読書にはまりこんでいる。
そんなヒューティリアに対し、サナは「やっぱり似てるわねぇ」と笑った。
誰に、と言われなくともセレストは薄々気付いていたが、あまり深くは考えず。
元気が良くても節度を守る弟子が、師のように成長するとは頭の片隅にも過らなかった。
ちなみに。
ヒューティリアに関して、この一年の間にもセレストでは対応できないような出来事がいくつかあった。
しかしそれもサナたちの協力で無事切り抜け、ヒューティリアはのびのびと成長を続けている。
当初はぎこちなかった師弟ではあるが、周囲の力を借りながらも困難があったぶんだけ歩み寄り、今では誰が見てもそうとわかる『魔法使いの師匠と弟子』となっていた。
* * * * *
ヒューティリアが向かった先ではすでに、セレストが畑作業を進めていた。
「おはよう、セレスト」
「おはよう」
この二年の間、変わることなく交わされてきたやりとり。
けれど二年を経て、変わったこともある。
「畑は手伝えることなさそうだね。薬草園の方にいってくる」
「たのむ」
セレストが指示を出さずとも、ヒューティリアは自分の判断ですべきことがわかるようになっていた。
薬草園に到着すると手慣れた様子で地面に手を当て、目を閉じる。続いて精霊たちに呼びかけて土の状態を確認し、必要なだけ魔力を渡して土を整える。
呼吸するのと同じくらい自然と作業をこなしていく。
『もうすっかり魔力の調整もできるようになったし、苦手な魔法も上手に使えるようになったよね』
と、ヒューティリアの周囲に精霊たちが集まってくる。
彼らの言うように、この一年間は一年目に教えられた魔法の復習を繰り返し、苦手な水や風の魔法の習得に力を注いできた。
その結果、魔法を学び始めて僅か二年で魔法使いとしての基礎が揺るぎないものとなり、魔法を使う上での勘も備わった。すると行き詰まることも減り、集中力が乱されることもほとんどなくなっている。
『そろそろ更に上の段階にいけるんじゃない?』
『ね!』
『セレストに言ってみようか』
基本的にはセレストがヒューティリアの習熟具合を見て次の段階へ進めていくが、ときどき精霊たちから提案されることもある。
これまで幾人もの魔法使いを見てきた精霊たちだからこその行動なのだが、初弟子を育てる魔法使いにとってこれほど頼りになる存在はない。
魔力を得て力を貸すだけでなく、将来的に魔力をくれる存在となる未来の魔法使いのために助言し、助力する。
これは精霊に限らず、妖精も行っていることだ。
『魔法植物も上手に育てられるようになったし、魔法薬の勉強も始めていいんじゃない?』
『確かに!』
『これもセレストに言ってみようか』
と、今度はいつの間にか周囲に集まっていた妖精たちが提案する。
「そんなに一気にできるかな」
ヒューティリアが少し弱気になってつぶやくと、すかさず『大丈夫!』と返された。
『一気に覚えなくてもいいんだよ』
『どちらも少しずつやればいいだけだもの』
『これまでだって魔法の勉強をしながら楽器や菓子作りもやってきたでしょ。それと同じだよ!』
わいわい賑やかに語り出す精霊や妖精たち。
ヒューティリアは小さく首を傾げた。
「そういうものなの?」
『うんうん』
『心配しないで!』
『ヒューティリアなら大丈夫だよ』
次々と励ましの言葉を贈られて、ヒューティリアはほころぶように微笑む。
「みんながそう言うなら、大丈夫な気がする!」
ヒューティリアがやる気を見せれば精霊や妖精たちから歓声が上がった。
『その意気だよ!』
『何せ今ヒューティリアは成長期だからね〜』
『伸ばすなら今だよね!』
「成長期……」
精霊や妖精たちの言葉に、ヒューティリアは何気なく自分の体を見下ろす。
鮮明には思い出せないが、この家に来た当初を思い起こせば大分視点が高くなったと思う。
椅子に座るといまだに床につま先が届くくらいだが、ここに来たときは全く足が届かずにぶらぶらさせていた。
前は踏み台がないと届かなかった棚にも手が届くようになったし、セレストとの目線の高低差も縮まったような気がする。
『体の成長期は魔力の器にとっても大きな成長期らしいし、魔法の腕前を上げたり知識を取込む上でもいい時期なんだって』
『それ言ってたの誰だっけ?』
『ソルシスじゃない?』
段々と話題が逸れていく精霊や妖精たちの話を聞きつつ、ヒューティリアは少し離れた場所で畑仕事をしているセレストを見遣った。
出会った頃から全く変わっていないように見える師の姿。
けれど。
ヒューティリアほどの変化はなくても、セレストも何かが変わっているのかも知れないな、と漠然と感じていた。
 




