ヒューティリアの覚悟とセレストの覚悟
「ねぇ、セレスト。あたし、水と風の魔法をもっとちゃんと使えるようになりたい!」
数日後、どの魔法がいいか絞り切れなかったヒューティリアはセレストに自分の考えを伝えた。
セレストはしばしヒューティリアを見下ろしていたが、「理由は?」と問いかける。
理由など問うつもりはなかったのだが、敢えて苦手な属性の習得を望むヒューティリアの意図が気になったのだ。
「あのね、色々考えてみたんだけど……。グラとソーノが溺れたとき、あたしすごく恐かったの。どんなに考えても自分じゃ絶対に助けられなくて、セレストに助けて貰うことしかできなくて……。でも、セレストを呼びにいっている間も、ずっとずっと恐かった」
そのときのことを思い出したのか、ヒューティリアはぶるりと身震いして俯いた。
「早く助けないと死んじゃうかもって思ったら、どうしてあたしじゃ助けられないのって、あたしに力があったらもっと早く助けられたのにって……」
ぎゅっと目もとに力を入れ、ヒューティリアは改めてセレストを見上げる。
その瞳からはついさっきまで宿っていた恐れや怯えの色が消え、代わりに強い意志が湛えられていた。
「それにセレストが言ってた通り、いつでも近くに助けられる人がいるわけじゃないでしょう? だからあたしも、努力すればできるようになることなら何でもできるようになりたいって思ったの。もう、あんな思いはしたくないから……」
最後の一言に、セレストは既視感を覚えた。
脳裏を過るのは、出会った頃にヒューティリアが口にした「もうあんな思いはしたくない」という言葉。そして、王都から帰ってきた際の「あたしもあんなの嫌。もう見たくない……」という言葉。
(ヒューティリアの場合、捨てられたときの記憶が行動に強く影響している……ということだろうか)
嫌だと感じたことは、二度と経験したくない。
それは誰しも同じではあるが、ヒューティリアは特にその思いが強いように感じる。
一度経験したつらい記憶を繰り返さないために、人並み以上に気を張っていると言うか。
(不安……)
浮き上がるようにその言葉がヒューティリアの様子から読み取れた気がして、セレストは考え込んだ。
今後ヒューティリアに様々なことを教えていく上で、とても重要な要素であるように思えたからだ。
(不安なのであれば、安心を与えるしかない。しかし、安心させるには一体どうしたら)
と考えたところで、ヒューティリア自身が先ほど口にした言葉が閃くように頭に響いた。
あたしに力があったらもっと早く助けられたのにって……。
あたしも、努力すればできるようになることなら何でもできるようになりたいって思ったの。
ヒューティリアはそう言っていた。
“もうあんな思いはしたくないから”という言葉は、そこに続いていたのだ。
ならば。
「わかってるとは思うが、苦手な属性は得意な属性以上に中級、上級の習得が難しい。それでも挫けず挑む覚悟はあるか?」
まずは避けようのない事実を告げる。
実際セレストも火や土の魔法の習得には相当苦労した。
だからこそ、まだ魔法使いとして未熟な段階で敢えて不得手な属性に挑む覚悟を問いたかった。
「……ある!」
セレストの問いに、ヒューティリアは力強く頷いた。
決意の炎がその瞳の中のみならず、全身からみなぎっている覇気からも見て取れる。
あまりにもやる気に満ちている様子に、セレストは思わず笑みを浮かべた。
「なら、お前が諦めない限り、俺も教えることを諦めない」
そう告げれば、ヒューティリアの表情がぱぁっと輝いた。
「ありがとう! セレスト!!」
喜びを体現して飛びついてきたヒューティリアを受け止めつつ、セレストは既にめまぐるしく今後について考え始めていた。
友人を助けられなかったことで、魔法を学ぶことに今まで以上に強い意欲を見せているヒューティリア。
ヒューティリアのやる気は充分だ。
となればあとは自分が弟子を導き、支えきる覚悟を決めるだけ。
(苦手な属性でも諦めずに続けられるような教え方を考えなければ。俺にできるだろうか)
そう自問し、ふぅっと小さく息を吐き出す。
師として迷いを覚える度に、思い出されるのは自らの師の姿。
ずぼらだが根が真面目なマールエルは、根気よくセレストに様々なことを教えてくれた。
春の陽射しのような淡い金髪を掻きむしり、静寂の月を思わせる青みがかった銀色の瞳を右へ左へとさまよわせながら、セレストが理解するまで何度でも挑み、最後には必ず答えに辿り着かせてくれていたことを思い出す。
(……やるしかないか)
諦めのようにも見える笑みを浮かべ、しかし面倒くささなど微塵も感じずに、セレストは弟子を見下ろした。
これまでのヒューティリアを見ていればわかる。ヒューティリアには根性もあるし、才能もある。
苦手属性である水や風に関しても、温度調整の冷却魔法を着実に扱えるようになっているのだ。
(覚悟なんか、決めなくても)
そう思えてしまう自分に、セレストは苦笑せざるを得なかった。




