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大切な気持ち

 翌日。

 昼過ぎに家を出てクルーエ村に到着したが、ソーノの出迎えはなかった。

 用事があるというセレストと別れ、雑貨屋に向かう。

 そして店先にいた店主にソーノの所在を訊ねると、町に仕入れに出かけた長男に同行していて不在なのだとか。


 気合いを入れていただけに、ヒューティリアは肩すかしを受けた気分になる。

 しかしすぐに気を取り直して、サナと会えないだろうかと考えた。



 実はこのときすでに、ヒューティリアはソーノの言う「好き」がどんなものなのか、感情の種類としての答えを見出しつつあった。

 とは言っても感覚的に掴みつつある、という程度ではあるが。


 ヒューティリアはクルーエ村に来ると決めた後もソーノやマールエルの愛読書を読みこんだ。その結果、部分的ながらも共感を覚えるようになったのだ。

 今までのヒューティリアは、本は知識を得るものという意識が強かった。故に感情移入の度合いが浅く、なかなか物語に入り込めずにいた。

 しかし、何度も登場人物の感情や感覚について意識を向け続けた結果、感情移入の度合いが深化したのだ。



 だから何となくわかる。

 自分(ヒューティリア)はグラに対して、ソーノが抱いているような感情を持っていないことを。


「ヒューティリアか。珍しいな、うちを訪ねてくるなんて」


 サナ宅を訪れると、グラが出迎えてくれた。


 最近父親の仕事を手伝うことが増えたグラは、村に来ても会える機会が大幅に減っていた。

 なので本当に久しぶりの再会ではあったのだが、物語の中の恋人同士のように、長く会えなかった日々をもどかしく思うこともなく。また、再会して喜びに打ち震えるということもなかった。


「久しぶり、グラ。サナさんはいる?」


 ごく自然に挨拶を交わして問いかければ、残念ながら、サナも不在だった。


「女手が必要だとかで、父ちゃんと一緒に出かけてるんだ」

「そっか……」


 二度目の肩すかしにヒューティリアは残念な思いが隠せない。もう少しヒントを貰えたら答えに手が届きそうな気がしているだけに、ため息が漏れてしまう。

 その様子を不思議そうに見ていたグラは、家から出てくるなりヒューティリアの手を引いた。


「なんだよ、辛気くさい顔して。悩みごとでもあるのか?」


 ぐいぐいと手を引いてつれてこられたのは、いつもの村の中央広場。まるでそこが定位置であるかのように、点在する大きな石の上にそれぞれ座る。


「う〜ん……まぁ、悩みごとと言ったら悩みごとなんだけど」


 果たしてグラに聞いてもいいのだろうかと言い淀む。

 何せグラはソーノの想い人その人なのだ。悩むに至る経緯を話す上でソーノやグラの名を伏せることは可能だが、何かが引き金となってソーノの気持ちに勘付かれるのは嫌だなとも思う。

 何故なら、ソーノ自身がグラを想う気持ちを誰にも知られたくなさそうだったからだ。


「まぁ、無理に言えとは言わないけど」


 黙り込んだヒューティリアに何を思ったのか、グラは苦笑を浮かべてぐっと上体を反らした。そのまま体を伸ばすと小さく息を吐き、物憂げな様子でぼんやりと空を仰ぐ。

 視線の先にはただ空が広がっているだけなのに、グラはそこにある景色を見ているようで別の何かを見ているようでもあり──


「グラは……好きな人、いる?」


 難しく考えるのはやめて、そもそもソーノを絡めて考えることをやめて、直球で問いかけた。

 思いがけない問いだったのか、びっくりしたような表情でグラがゆっくりとヒューティリアを見返してくる。


「え?」

「いや、なんか、何となくいるのかなと思って」

「…………いる」


 やや間をあけて答えたグラに、ヒューティリアはやっぱり、と手を叩く。


「それって、どんな気持ち?」


 こちらの疑問もまた直球で問いかける。

 するとグラは目を瞬かせ、「どんなって……」と呟くなり首をひねる。そのまま黙り込んでしまったのは、真剣にどう答えるべきか考えてくれているからなのだろう。

 なので答えが出るのを期待して待っていると、やがてグラは口許を緩めた。

 そして。


「教えない」


 予想外の答えを返してきた。


「えぇっ? なんで!?」


 思わず身を乗り出して期待したぶんだけ不満をぶつければ、グラの笑みが意地の悪そうな笑みに変わる。

 けれどその目は決してふざけている様子ではなく。むしろ優しい光が宿っており──


「大切な気持ちだから、簡単には教えない」


 そう返されてしまった。


 けれど。

 ヒューティリアはグラの表情や言葉から、思いがけず大きな答えを得たような気持ちになっていた。

 だって、知っている。グラがそんな優しい眼差しをいつも誰に向けているのかを。

 今まで何度か目にしていたのに、今になって他の人に向けるものとは違うことに気付く。


「ふぅん?」


 ニヤリ、とヒューティリアは笑みを浮かべた。

 その表情の意味を察してグラの顔がひきつる。


「言うなよ?」

「なにが?」

「絶対に言うなよ!」

「どうしようかなぁ」


 いよいよヒューティリアは確信を持ってグラをからかい始める。からかいながら、グラから逃れるように立ち上がると距離を取った。

 一方、からかわれているグラは徐々に顔を赤くして、「言ったら絶交だからな!」と念を押しながら「言わない」と約束させるべくヒューティリアを追う。けれど本気で追っているわけではない。ヒューティリアが勝手に自分の気持ちを相手に明かすとは思っていないからだ。


「へぇ〜、そっかぁ。ふふふっ、そうなんだぁ」


 グラとじゃれあいながら、その気持ちがどんな感情なのかを感覚として理解したヒューティリアは、自分の気持ちでもないのに何故か心拍数が上がって気分も高揚していた。


(こんな不思議で落ち着かなくて、ふわふわして幸せな気持ちだなんて思ってもみなかった)


 脳裏に浮かぶのは、仲のよさそうなレグとサナ。

 幸せそうに互いを見ていたムルクとイナ。

 特別な想いを抱きあっているグラとソーノ。


 思いがけず求めていた答えが得られたけれど、わかったらわかったで気持ちが高揚しすぎてしばらく集中力が戻らないかもしれないと思った。

 この気持ちがわかるようになってしまえば、ソーノから借りた本やマールエルの愛読書を首を傾げながら淡々と読んでいた自分が信じられなくなる。


(帰ったらもう一回読み直そう)


 そんなことを考えながら、ついにグラに捕まって黙っていることを約束すると、用事を終えたセレストと合流して家路についた。

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