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状況把握と意思確認

 ようやく倉庫から出てきた少女・ヒューティリアをソファーに座らせ、セレストも対面に腰を落ち着けたところで本題に入った。


「それで、お前は師匠から何か聞いてるのか?」

「……師匠って誰」


 セレストの問いにヒューティリアは硬い表情で、警戒心を隠しもせずに応じる。

 しかしセレストはそんな少女の態度には無関心で、むしろ返答内容の方に驚く。


「誰って、マールエル師匠に決まってるだろう」

「そんな人、知らないもん」


 知らない。

 その言葉にセレストの眉間に皺が寄る。


 手紙の内容を見るに、ヒューティリアを拾ったのはマールエルで間違いないだろう。

 しかしヒューティリアは自分を拾った人物が誰なのか知らないようだ。嘘を吐いている様子もない。


「……わかった、順を追って確認する。まず、お前はなぜこの家に連れてこられたのかわかっているか?」

「わからない。気付いたらこの家の、あっちの部屋のベッドで寝てたから」


 答えながら、ヒューティリアは部屋が並ぶ廊下の方を指し示す。

 セレストはヒューティリアの言葉に小さく唸ると、次の質問を投げかけた。


「なら、お前をここに連れてきた可能性のある人物に心当たりは?」

「……ない。でも森に置いていかれたあと、誰かが近付いてきたのは覚えてる。暗くてよく見えなかったから、男の人か女の人かもわからないけど……」

「なるほど」


 セレストはヒューティリアの言う“近付いてきた誰か”がマールエルであり、ヒューティリアの記憶が途切れているのはマールエルがヒューティリアに眠りの魔法をかけたからだろうと推測した。

 他人への関心が薄いセレストではあるが、幼い子供が親に捨てられれば相当なショックを受けるであろうことは想像できる。ショック状態の少女を休ませるために、マールエルが魔法で眠らせたのではないかと考えたのだ。


 だとするならば。


「何で目覚めるまで待たないんだ、あの師匠は……」


 思わず愚痴が漏れた。

 師からの手紙を受け取って以降、セレストは師の奔放さに振り回されっぱなしで頭を抱えたくなっていた。精神的な疲労感もストレスを抱え込みにくい性質のセレストからしたら重篤な領域に入りつつある。

 一気に老け込んだセレストを見るヒューティリアの目に、心配するような色が僅かに浮かんだ。


「まぁ、いいか。とりあえず、お前をここに連れてきたのは俺の師匠、マールエルであることは間違いないだろう。この手紙にもそう書いてあった」


 気を取り直してセレストは手に持っていた封筒をヒューティリアに差し出した。

 少女は封筒をちらちらと見ながらも、一向に受け取る気配を見せない。怪訝に思っていると、やがて小さな声で「あたし、字は読めない……」と呟いた。

 それもそうかと頷いてセレストは封筒を引っ込め、中身を取り出して読み始める。


 内容を読み聞かせるうちに、ヒューティリアの表情が驚きに満ちたものへと変わっていく。目を見開き、空いた口が塞がらない様子でセレストの声に耳を傾けていた。

 そして。


「何と言うか……すごいお師匠様なのね、マールエルさん」


 思わずといった体でヒューティリアが感想を述べる。それに対しセレストは真面目な顔で頷いた。同時に、固さの取れた言葉遣いから彼女本来の口調はこちらなのだろうと認識する。

 恐らくマールエルの手紙が奔放すぎて、警戒心を忘れるほどのパンチを食らったのだろう。


(まさか師匠の手紙がこんな形で役に立つとは)


 セレストは師の持つ謎の影響力に呆れつつ、これまでの会話からヒューティリアが幼い割に賢い子供であるという認識を持ち始めていた。

 受け答えもしっかりしているし、わからないなりにできるだけ多くの情報をセレストに渡そうとしていたし、手紙の内容を読み上げただけでマールエルという人と形を想像して的確な感想を述べている。


「その師匠が、お前に魔法を教えるようにと言ってるわけだが……お前としてはどうなんだ? ほかに行く宛があるなら送り届けるし、ここにいたいならいてもいい。魔法を学びたくないならそれも自由だ」


 試すつもりはないが、これだけしっかりしているなら押し付けるのもよくないだろうと判断して、セレストはヒューティリアに選択肢を提示する。

 するとヒューティリアはきゅっと口を引き結んで視線を落とす。そのまましばらく考え込むように一点を見つめ、やがて視線は落としたまま、ぽつりと問いを投げかけてきた。


「あたしを拾ってくれたのは、マールエルさんなのよね?」

「そうらしいな」

「あんたは、あたしに魔法を教えるの、嫌じゃない?」

「別に。仕事も辞めてきたし、しばらくここにいるつもりだからついでだ」



「──魔法を覚えたら、ひとりでも生きていける?」



 思わぬ問いに一瞬言葉に詰まる。


「……生活はできるだろうが、ひとりで生きていけるかはお前次第だ」


 セレストが答えると、ヒューティリアは顔を上げ、真っ直ぐにセレストを見つめた。

 目には涙が浮かんでいたが、涙の奥に力強い意志を宿している。


「あたし、もうあんな思いはしたくない。誰かの言葉で簡単にみんなから嫌われたり、捨てられたり、もう、あんな思いはしたくないっ……!」


 だからひとりで生きていけるようになりたい。

 そんな声が聞こえてきた気がして、セレストは背もたれに預けていた体を起こし、姿勢を正した。


「なら、真剣に学べ。俺が師匠にそうしてもらったように、俺もお前が独り立ちできるまで何度でも教えてやる」



 セレストは何やかんや言いつつも(マールエル)を尊敬していた。

 本来であれば見ず知らずの子供に魔法を教えるような(たち)ではないのだが、ほかでもない師からの頼みだ。今回の件は大恩のある師に恩返しをする機会が巡ってきたのだと受け取っていた。


 それに、自分も今後どうするか明確に決めていたわけではない。ヒューティリアに学ぶ意志があるのであれば、彼女に魔法や魔法薬作りを教えることに拒否感はなかった。

 むしろ彼にしては珍しく、意欲すら湧いていた。


 何せ(マールエル)が弟子にしようと考えていた時点で彼女に魔法使いとしての才能があるのは明白。そしてそのことはセレスト自身も感じ取っていたからだ。


 この子は優秀な魔法使いに育つ。

 そう思うだけで、セレストの心はわかりにくいながらも浮き立っていた。



 しかしそんな心情など一切表に出さず、改めてセレストは少女に問いかけた。


「もう一度聞く。お前は、魔法を学びたいか?」


 先ほどはいくつか提示した選択肢を魔法を学びたいか否かのふたつに絞り、セレストは真剣な表情でヒューティリアと向き合った。

 ヒューティリアも真剣な表情を浮かべ、正面からセレストと視線を合わせる。


 そして目に溜まった涙を零すことなく、はっきりとその意思を口にした。


「あたし、魔法を学びたい!」

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