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違和感 ─ヒューティリア─

 結局この日は精霊狩りの犯人を捕らえたことでセレストが疲労していたため、王都を発つことはできなかった。

 セレストが滞在期間を延ばすことを決めるなり、ムルクが「だったらうちにこないか?」とこれまでと同じく誘いかけたが、セレストは首を横に振って断る。


「なんでだよー」

「もう充分世話になったし、今日はゆっくり休みたい」


 暗にムルク宅に行くとゆっくり休めないと仄めかされ、しかしそれが遠回しながらセレストなりの気遣いでもあることを知っているムルクは、それ以上強く誘いかけられず。


「ならば魔法師団持ちで宿を確保しよう。功労者への謝礼として経費が出るはずだ。宿の希望はあるか?」


 団長でありながら自ら状況確認を行っていたワースが、ふたりのやり取りを耳にして提案する。


「では、お言葉に甘えて。部屋は“空渡りの宿”の、二間続きの部屋でお願いします」


 と、セレストが遠慮どころか躊躇いもせず王都に到着した初日に使った宿を指定すると、ムルクが顔を引き攣らせた。


「高級宿じゃねぇか!」


 どれだけ遠慮がないんだよ! と叫ぶムルクをセレストは無視。ワースも「経費で賄えるか……?」と唸りつつ、了承した。




 翌日はワースからセレストを引き止めておくよう厳命されたムルクが、商店が開く時間を見計らって宿を訪れた。


「ヒューティリアがひとりでもフルートの練習が出来るように、教本と楽譜を買いに行こう!」


 開口一番、そう誘いかけて半ば強引にセレストとヒューティリアを楽器店まで引っ張り出す。


「この教本は基礎を見直したい場合に向いてるんだ。こっちは慣れてきたころに読む中級者向けの教本だな。結構ためになるから、俺もたまに読み返してる」

「じゃあそれで」


 セレストはあっさりとムルクが勧める教本の購入を決め、加えて初心者向けと中級者向けの楽譜をいくつか選ぶ。


「本当はある程度の技量になるまで指導者がついてた方がいいんだが、魔法使いの場合は技術はそれほど重要じゃないし、独学でも問題ないだろう。大事なのは精霊たちが楽しく、気持ちよく聴いてくれるように努力することだ」


 そう言ってセレストが支払う前に魔法師団の経費で教本と楽譜を購入すると、ムルクは昼食を摂るべくお勧めの店へとふたりを案内した。

 案内された店を見て、セレストが目を細める。


「懐かしいな」


 そこは、魔法師団の団員だった頃に何度かムルクに連れてこられたことがある店だった。


「相変わらずうまいんだよ、この店! この半年の間に新作も出てるから、是非セレストには新作に挑戦して貰いたいところだな!」


 ムルクはそう言って、いつかと同じくヒューティリアに各料理の説明を始めた。それを聞くとはなしに聞きながら、セレストはふと厨房を見遣る。

 見覚えのある女性店員が笑顔を浮かべてお辞儀をしてきたので軽く返礼していると、ムルクが注文を伝えるべく店員を呼んだ。


「セレストさん、お久しぶりです!」


 先ほどの女性店員が注文を受けにやってきて、元気な挨拶と共にセレストに笑いかける。

 セレストは小さく「どうも」と答えるのみで、ムルクが口許をニヤけさせながら料理の注文をし、女性店員は注文を確認すると軽い足取りで厨房へと戻っていった。



 そのやり取りを眺めていたヒューティリアは、セレストは本当に王都で暮らしていたんだなと改めて実感する。


 ヒューティリアに魔法を教えながら畑の世話をしていた森でのセレスト。

 ヒューティリアの知らない人たちと知り合いで、ひとりで五人もの悪人をやっつけた王都でのセレスト。


 同一人物のはずなのに何故か違う人のように思えて、ヒューティリアにとって王都でのセレストは、ひと月経った今でもどこか掴めないままだ。



 つい口数が少なくなり、じっとセレストを観察していると、視線に気付いたセレストがヒューティリアの方へと顔を振り向けた。


「どうした?」


 わかりにくいながらも気遣うような表情でこちらを見てくるセレストは、ヒューティリアがよく知っているフォレノの森にいたときのセレストに見える。


「んーん、なんでもない」


 そのことに安堵しながら首を横に振ると、セレストは「そうか?」と眉間に皺を寄せて手を伸ばし、ヒューティリアの額に当てた。


「……熱があるわけじゃないか」

「大丈夫」

「ならいいが」


 余程調子が悪そうに見えるのか、セレストの表情から心配するような色が抜けることはなく。

 一方ヒューティリアは、元気であることをアピールするように運ばれてきた料理に歓声を上げ、美味しそうに頬張り始めた。




「ノアさんは相変わらずセレスト贔屓だったなぁ」


 店を出るなりニヤニヤ顔のムルクに脇を突かれ、セレストは鬱陶しそうに振り払う。

 ちなみにノアとは、先ほどの店の女性店員の名だ。


「髪色が珍しいだけだろう」

「でもお前のだけオマケがついてたし」

「気まぐれだろう」

「わかってないなぁ。ま、あれがあったから余計に他の団員から目の敵にされてたんだけどな」

「……意味がわからない」


 そんな会話を交わすふたりの横で、ヒューティリアは道行く人たちを何気なく眺めていた。

 自分と同じくらいの子供は元気に走り回り、大人たちも道端で楽しげに会話をしている。


 その様子を見ているうちに、ふと自らの故郷のことを思い出した。

 ヒューティリアの生まれた村はもっと静かで、占者のことは異常なまでに信頼していたものの、人同士の繋がりはもっと薄かったように感じる。


(やっぱり、あの村は何かがおかしかったのかな……)


 サナたちが暮らすクルーエ村でも薄々そう感じていた。

 故郷の村とクルーエ村や王都とでは、人同士の関わり方が違うように感じたのだ。

 それがどう違うのか、はっきりとはわからない。

 ただ、故郷の村は他人との関係が薄っぺらく、上辺だけ仲が良いように見せかけていたような気がする……。


 と、故郷の人々のことを思い出したところでヒューティリアは身震いした。

 今尚、最後に目にした家族や村人たちの記憶は恐怖の対象であり、あまり鮮明に思い出したいものではない。

 その記憶を追い出すように、ヒューティリアは改めて周囲を見回した。


 視点を変えて見れば、明るい人々の姿も去ることながら、その暮らしぶりも随分とゆとりがあるように見える。

 昨日垣間見た貧民街で暮らす人々も、ムルクによれば食に関しては国からの配給があるため、何とか食い繋ぐことができているらしかった。


(あたしが村にいたときに行商のおじさんから聞いた王都ってこんな華やかな印象じゃなかったんだけど、やっぱり人から聞いた話と実際見るのとでは違うってことなのかな。王都ですら食べるのに困る人がたくさんいるって聞いた気がするんだけど……)


 目の前に広がっている光景とムルクから聞いた話を総合すると、行商人から聞いた言葉にはまるで説得力がない。

 ぼんやりと、あの行商のおじさんは王都のどこを見てそう思ったんだろうと考えていると、もうひとつの違和感に気付く。


(そう言えば服装も、地域によって雰囲気が違うのかな。あたしの村とクルーエ村も大分違かった。クルーエ村と王都だとそこまで違う気はしないけど、あたしの村は他の村や町との交流も少なかったから……)


 次々と思考が飛躍し、小さな違和感を発端として止めどなく疑問が浮き上がる。

 ヒューティリアの思考が次なる違和感を探し始めたその時、不意に手を引かれて意識が引き戻された。


「ぼうっとしてるとはぐれるぞ」


 手を引いた相手を見れば、珍しくはっきりそうとわかるくらい心配そうな表情を浮かべたセレストと目が合った。


「やっぱり調子が悪いのか?」

「違うの。ちょっと考えごとしてて」


 ヒューティリアの答えを聞いて、セレストとムルクは顔を見合せた。


「悩み事か?」


 今度はムルクが問いかける。

 しかし意識が現実に引き戻されるのと同時に、何を考えていたのかも忘れてしまったヒューティリアは首を傾げた。


「ん〜……忘れちゃった」


 思い出そうとしてもすっきりしない何かが残っているだけで判然とせず、ヒューティリアは眉尻を下げた。

 セレストの眉間の皺が深くなる。


「ムルク」

「んあ?」

「今日はもう休むことにする」

「ああ、それがいい」


 手短にやり取りを済ませると、セレストはヒューティリアの手を引いて宿の方へと歩き出す。

 自分の状態を把握できていないヒューティリアは予定を切り上げるほど心配されていることに驚き、思わずムルクを振り返った。


「しっかり休めよ〜」


 手を振りながらそう告げて、ムルクも自宅方向へと歩き出す。

 その大きな背中を見送ると、今度はセレストを見上げた。視線の先の横顔は何かを考え込んでいるような様子だった。


「セレスト、あたし大丈夫だから」


 そう訴えるも、セレストはヒューティリアを無言のまま一瞥しただけで、すぐに正面に向き直ってしまう。

 歩調こそヒューティリアに合わせてくれてはいるものの、宿に向かう足取りには有無を言わせないものがある。


「本当に大丈夫なのに……」


 ぽつりと呟きつつ、何を言っても無駄であることを悟ったヒューティリアは、セレストに続いて黙々と足を動かした。

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