指先に灯る小さな光
調合部屋に籠って三日。無事魔法薬を作り終えたセレストは急ぎ村まで薬を届けた。
その際にヒューティリアも同行し、セレストが雑貨屋とやり取りをしているのを眺めていると、不意に背後から声をかけられた。
「よう、ヒューティリア」
「グラ。こんにちは」
声から相手を判断して振り返ると、どんよりとした表情のグラが視界に入った。
思わず首を傾げると、グラはちらりと雑貨屋にいるセレストに視線を向けるなり頭を抱えてうずくまる。
驚いたヒューティリアは慌ててグラに駆け寄った。
「ちょっと、どうしたの!?」
「うぅぅ、俺、この前セレストさんにすんごい失礼なことを言ったんだよ〜! 絶対嫌な思いをさせたと思う。もう本当、俺って馬鹿! 何も知らないって恐いっ!!」
「はぁ……?」
突如猛省を始めたグラに、ヒューティリアは益々首を傾げた。
「この前なぁ、こいつ、セレストくんに“あんた最低だな”って言ったんだよ」
と、グラの家の方から笑いを堪えるような声が聞こえてきた。そちらを見遣れば、見たこともないような大柄な男性がこちらに歩み寄ってくる。
「お嬢さんがヒューティリアちゃんかな? はじめまして、俺はグラの父親のレグだ」
そう言って、セレストよりも更に大きな手を差し出された。
全くの別人とは言え、父親という存在にはまだ恐怖感が残っているヒューティリアは、僅かに身を引きながらも何とか差し出された手を取って「ヒューティリアです……」と名乗ることに成功した。
本心としては今すぐセレストの影に隠れたいところだが、セレストの仕事の邪魔をするわけにはいかないのでぐっと我慢する。
「これからもうちの息子ともどもよろしくな!」
レグはヒューティリアと軽く握手を交わすと、益々頭を抱え込む息子を見下ろして苦笑する。
「うちの息子は本当、考えなしでな。この前の件も自分の言ったことが無知だから言える理不尽な罵倒だったってわかって、それからずっとこの調子なんだよ。鬱陶しくて敵わん」
ヒューティリアは先ほどレグが口にしたグラの“あんた最低だな”発言のことを思い出し、グラに向き直るなり眦を釣り上げた。
「何でそんなこと言ったの? セレストが最低なわけないじゃない!」
「もうちゃんとわかったから! セレストさんは凄いよ。決められた値段の中でも一番安く作れる、しかも時間もかけずに済む魔法薬をすぐに提案してくれたんだから。命がかかってるのに何で金の話が先なんだよって思ってつい最低だなんて言っちゃったけど、本当に反省してるからっ」
ぐしゃぐしゃと頭を掻き回しながらグラはめり込みそうなくらい頭を地面に押し付ける。
そんな混沌としている三人の許に、雑貨屋とのやり取りを終えたセレストが戻ってきた。状況が全く読めずに眉間に皺を寄せると、問うような視線をヒューティリアに投げかける。
「えぇと、なんかグラがセレストに失礼なことを言ったって反省してて」
「セレストさん、ごめんなさいっ! 俺、何も知らないで酷いこと言いました!」
とりあえず状況を説明しようとしたヒューティリアの言葉を遮ってグラが立ち上がり、思い切り頭を下げた。腰を直角に折り曲げており、これ以上ない反省の意志がそこに込められているのは一目瞭然。
「魔法薬は国の定めで値段が決まってて、決まりを破ると罰せられるって話を聞かせてからずっとこの調子でなぁ。本当に反省しているみたいだし、許してやってくれ」
レグがそう切り出せば、セレストは困惑を深めざるを得ない。
「いえ。あのときも言いましたけど、国の決定を覆すことができない俺たち魔法使いには返す言葉もないですから。ただ──」
ふと、セレストの表情が真剣味を帯びる。
「もし国の定めを守らず決まりを破ったことが発覚すると、魔法使いや魔法薬の販売者、果ては使用者や魔法薬の入手を手助けをした者までが罰せられる。結果的に全員が不幸になると師匠から聞かされていたので、何を言われても価格を覆すつもりはありませんでしたが」
「……だってよ。どうだグラ。あんな風に罵倒を受けても絆されない精神力がないと魔法使いにはなれないぞ? お前に出来るのか?」
「今のところ無理」
だろうな! と親でありながら割と酷い評価を息子に下すと、レグは「魔法薬の件は手を尽くしてくれて本当に助かった。ありがとう!」と礼を述べ、息子を伴って帰って行った。
「魔法薬は無事届けられたの?」
去って行く父子を見送ってから、ヒューティリアはセレストを見上げた。
セレストもヒューティリアを見下ろすと頷き、
「すぐにでも届けると言っていたから大丈夫だろう。今回は妖精たちにかなり助けられたから、しばらく用意する菓子を多めにしないとな」
そう言いながら、雑貨屋で購入してきたらしい菓子の材料を持ち上げてみせる。
袋に入れられているから何を購入したのかはわからなかったが、恐らく多種多様なジャムやはちみつ、小麦粉などの菓子の材料が入っているのだろう。
「手伝う!」
「ありがとう。帰ったら早速作るか」
「うんっ」
そんな言葉を交わしながら、ふたりは村を後にした。
それから更に日々は過ぎて行き、寒さが幾分か和らぎ始めた頃。
いまだに魔力の調整がうまくできないヒューティリアに、どう説明したら魔力を調整するコツが伝わるのか考えながら、セレストが魔法書とにらみあっていたときのことだった。
突如家の外から歓声が上がった。
声に導かれて視線を上げると、家の外はいつの間にか薄暗くなっていた。
そろそろ夕飯の支度をしなければと思いつつ、庭で自習しているヒューティリアを呼ぶためにセレストは椅子から立ち上がる。
すると、タイミングを見計らったかのように玄関扉が開け放たれた。家の中に飛び込んで来たのはヒューティリアだ。
「ちょうど良かった。そろそろ夕飯に──」
「セレスト! ちょっと外に来て!」
ほぼ同時に口を開いたが、勢いで勝るヒューティリアの声にセレストの声はかき消されてしまった。
何事かと首を傾げるセレストの腕を、ヒューティリアがぐいぐいと引っ張る。
そうして連れ出された先は、泉の淵。ライアーの練習の時に椅子代わりにしている大きな石にセレストを座らせると、ヒューティリアは泉の淵に立ってくるりと振り返った。
「見ててね」
そう言って人差し指を立て、指先に意識を傾ける。
すると薄っすら闇に沈み始めた景色の中、ヒューティリアの指先にポッと、温かみのある色合いの小さな光が灯った。
思わずセレストは目を見開く。
ヒューティリアが魔力を捉え、操る練習を始めてから三ヶ月程度しか経過していない。予想以上に早く初歩の魔法を習得したことに、セレストも驚きを隠せなかった。
そんなセレストの反応を見て、ヒューティリアは満面の笑みを浮かべる。
「ねっ! “灯火の魔法”、出来たよ!」
はしゃいだ声を上げるヒューティリアに、セレストは「あぁ、そうだな……」と気の抜けた返答しか出来ない。
くすくすと周囲から微かな笑い声が漏れ聞こえてくるが、自分が間抜けな反応をしている自覚があったので、セレストはつられるようにして口許に笑みを浮かべた。
「この短期間で初歩の魔法を習得するなんて想定外だ。お前なら本当に、いつか『偉大なる魔法使い』になれるんじゃないか?」
素直な感想を述べるセレストに、ヒューティリアは照れたように視線を泳がせた。
「じゃあ、その前にセレストも『偉大なる魔法使い』になってね」
「何故そうなる」
笑みを収めて怪訝そうに返される。
そんなセレストに対して、ヒューティリアは迷い無く答えた。
「だって、セレストはあたしの師匠だから!」
「……意味が分からない」
益々理解不能だと言わんばかりの様子に、ヒューティリアはくすくすと笑う。
笑いながらも、ヒューティリアは何となく予感していた。
例え多くの人がセレストを『偉大なる魔法使い』と呼ばなかったとしても、必ず誰かがセレストを『偉大なる魔法使い』と呼ぶ日がくるだろうと。
セレストが作った魔法薬で命を取り留めた村の青年に、涙を流しながら何度も礼を言われているセレストを見て、何故かそう思った。
そうでなくても、セレストはヒューティリアにとって『自慢の師匠』であり、いずれ必ず『自慢の師匠』から『偉大なる師匠』、ひいては『偉大なる魔法使い』になっていく。その確信がある。
あれだけ荒み、折れかけていたヒューティリアの心を救い上げたのは、間違いなくセレストの言葉だ。
それだけではなく、セレストは「諦めないでくれ」と言ってくれた。ヒューティリアの可能性を信じてくれた。
そのことがどれだけ嬉しかったか。励みになったか。
言葉数が少なく言葉足らずなところもあるけれど、だからこそ一言一言が重みを増す。
嘘をつかない性格だとわかっているからこそ、その言葉を素直に受け入れられる。
家へ戻るよう促されて歩きながら、ヒューティリアは自分の師匠がセレストでよかったと、心の底から思っていた。




