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魔法の基礎 その2

 昼食を摂って一息ついたところで、いよいよ魔法の勉強が始まった。


「精霊や妖精に関する基礎は『森の中のヒュー』に書かれている通りだ」


 開口一番、セレストはそう切り出した。

 ヒューティリアの前には絵本の『森の中のヒュー』と、マールエルの著作である『魔法の基礎』という本が置かれている。


「精霊や妖精は基本的に簡単には力を貸してくれず、信頼関係を結ぶのも難しい。だからこそ、日頃から彼らの好むものを与え、代わりに困った時には力を貸して貰うという関係性を作っておく必要がある」


 セレストは説明しながら『森の中のヒュー』を指し示し、続いて『魔法の基礎』をパラパラと捲った。


「えっ、でももし精霊や妖精が『森の中のヒュー』のお話と同じなら、セレストがよく精霊や妖精と話しているのはどうして? (おさ)と話してるの?」


 素朴な疑問を口にしつつヒューティリアは首を傾げた。

 するとセレストはちらりと、一見すると誰もいない空間を見遣ってからため息ひとつ。


「元々精霊も妖精もお喋り好きだ。それでも一応は慎重な性格だから、『森の中のヒュー』に書かれている通り、通常なら人間に気安く話しかけたりはしない。だが一度気を許すとやたらと話しかけてくる。特にこの森の精霊や妖精は人と話すのが好きな者が多い。気に入られれば頻繁に話しかけてきたり、世話を焼いてきたりする」


 それをセレストは彼らの性質なのだと考えていたが、以前ちらっとヒューティリアに言われた「精霊たちも妖精たちも、あんたのことが好きなのね」という言葉が蘇る。


(こうしてやたらと構われるのは、好かれているからなのだろうか)


 セレストは、物心ついた頃には既に精霊も妖精も視えていた(・・・・・)し、その声も聴こえていた。だから何がきっかけで彼らに気に入られたのかも、一体どこを気に入られたのかもわからないのだ。

 故に本音を言えば、音楽を聴かせたり菓子を与えたりすることで本当に彼らからの信頼を勝ち得ることができるのかと問われたら、確証を持って「できる」とは言い切れない。セレストの場合その実感を得る前に彼らとの意志の疎通が成立していたから、断言できないのだ。


 けれどそれがひとつの方法であることは確かだ。何せ他の魔法使いたちも実践していることだし、師からも彼らからの信頼を得る方法としてそのように教えられてきたのだから。


「魔法を使うにはまず、精霊との意志の疎通ができるようになる必要がある。幸い、この森の精霊や妖精は警戒心も強いが割と穏やかで、友好的だ。既にお前のことを気に入って周りに寄ってきてるから、あとはお前が彼らの気配を感じ取れるようになればいい」


 ちらっと確認しただけでも、ヒューティリアの周囲にはセレストをからかうためか古くからいる精霊と、魔法使いがどうやって自分たちと関わってくるのか興味津々の若い精霊が集まってきている。

 何故か人一倍精霊や妖精の気配に敏感で、これまた何故かその姿までもが視えてしまうセレストの目には、ヒューティリアと一緒に教本を覗き込んでいる精霊たちの姿がはっきりと映っていた。


 精霊は人に良く似た姿形の、もしくは動物によく似た姿形の存在。大きさは力の強さに比例する。

 向こう側が透けて見える彼らの体の中心には、核と呼ばれる心臓のような物が見て取れる。

 通常核は人間の目から見ることはできないが、精霊や妖精が命を落とすと途端に人間の目にも見えるようになり、時折闇市場で取引されている。

 精霊や妖精の核は万病の薬とも、高純度の魔力を秘めた宝石とも言われているため高い需要があり、稀に欲に溺れた魔法使いが精霊や妖精を何らかの方法で捕らえ、命を奪い、闇市場で核を売り払ったりすることもあり──


 ──セレストは王都で見てきた光景を思い出し、眉間に皺を寄せた。


「……気配がわかるようになれば、自然と声も聴こえてくる。声が聞こえるようになれば精霊との意志の疎通が成立し、あとは魔力をうまく扱えるようになれば魔法が使えるようになる」


 嫌な記憶を頭の隅に追いやって説明を続けつつ、『魔法の基礎』の中から目的のページを見つけて手を止める。


 この本の序盤は今セレストが説明した精霊や妖精の性質について図入りで事細かに説明されていて、これから説明したい内容は思いの外後ろのページに載っていた。

 それだけ精霊や妖精の性質はよく知っておく必要があるということなのだろうが、この本はどちらかと言えば師を持つ魔法使いよりも学園で魔法を学ぶ者向けの構成になっているので、ヒューティリアに対しては簡単な説明に留める。

 王都にある学園がどのような手法で魔法を教えているのかは知らないが、セレストは自らが師より教えられた流れと同じ流れに沿って、説明よりも実践重視で教えていくつもりでいた。


「どうやったら気配がわかるようになるの?」


 と、早速セレストが答え難い質問がきた。

 セレストは一瞬言葉に詰まり、教本に視線を落とす。そこにはかつて師が自分に教えてくれた言葉がほぼそのまま書かれていた。


「今、自分の周囲に違和感は覚えないか? 例えば、右肩側が温かいとか。誰もいないのに、誰かがいるような気がするとか」


 セレストの言葉を聞いて、ヒューティリアは何かを感じ取ろうとしてかきょろきょろと周囲を見回したり、目を閉じたりする。


「う〜ん」


 唸っている様子から、どうやら精霊の気配は拾えていないようだ。

 セレストはヒューティリアの右肩に乗っている精霊に視線を向ける。心の中で「何か物音を立ててくれ」と念じれば、精霊はピッと敬礼のようなポーズをとってからふわふわと教本の上に降り、ぺしぺしと紙を叩いて音を立てた。

 途端にヒューティリアは「あっ!」と声を上げて目を輝かせる。


「何もいないところから音がすると、そこに何かがいるような気がするだろう? そういう、小さなことからでいい。なんとなく何かがそこにいるという感覚を持てるようになることが大事だ」


 うんうんと声もなく頷きながら、ヒューティリアは音がした辺りに恐る恐る手を近づけた。


『えぇと、何かした方がいい?』


 教本の上にいる精霊から問われて、セレストは小さく頷く。

 すると精霊は軽く飛び上がってヒューティリアの手の平にハイタッチした。


「い、いるっ! ここに何かいるよ!」

「そうだな」


 頬を紅潮させ、目をきらきらと輝かせている様は、子供らしい無邪気さに溢れていた。

 調子に乗った精霊がヒューティリアの手の上に飛び乗り、小走りに腕を伝って肩に戻る。その感覚にも気が付いて、ヒューティリアはくすぐったそうに笑った。


「随分と協力的だな」


 思わずそう漏らすと、ヒューティリアの周囲にいた精霊たちがくすくすと笑う。


「あっ、何か、小さいけど笑い声が聞こえたかも!」


 すかさずヒューティリアが声を上げて、セレストのみならず精霊たちも目をみはった。

 予想以上に早く、精霊たちの気配を正確に捉え始めているようだ。


(やはり資質が高いのか)


 セレストはそう確信して「今お前の周りで精霊たちが笑ってる」と伝えると、ヒューティリアも表情を輝かせて「本当に!? すごいっ!」と興奮気味に手を打ち鳴らした。


(これは……案外すんなりと魔法が使えるようになるかも知れないな)


 などとセレストが考えている間にも、ヒューティリアの反応を面白がった精霊たちがヒューティリアの肩の上を走り回ったり、手の平の上で跳ねたりしている。

 継続的にその存在を主張する精霊たちのおかげか、ヒューティリアはたった一日で精霊の気配がどんなものであるかを掴んだようだ。

 夕飯時になると精霊たちがいる辺りをまじまじと見つめ、「今そこにいる?」と聞いてきた。これには精霊たちが大喜びで、次々とヒューティリアに話しかけはじめたものの。


「何か言ってるみたいだけど、何を言ってるのかわからない……」


 しょんぼりと眉尻を下げてヒューティリアが呟く。

 途端に喧しく精霊たちが『すぐ聴こえるようになるよ!』『こんなに早くぼくらの気配に気付けるようになるなんて天才だよ!』と励まし始め、最後にはセレストに「うるさい」と言われて黙り込んだ。


 様子を窺っていたヒューティリアが「たまにセレストが独り言を言ってるのって精霊と話をしてたからなんだ……」と呟いていたのだが、今度はセレストへの抗議の声を上げ始めた精霊たちの喧騒にかき消され、セレストの耳に届くことはなかった。

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