惑星調査報告『ツソノシンの生態』(三十と一夜の短篇第8回)
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
われわれが惑星セプト・テラに降り立って最初に聞いた音である。
辺りは地球と同じ紺碧の水が打ち寄せる黄金色の砂浜だ。だが、さっきの音は波音などではない。
ではなんの音か? 生物の鳴き声のように思えるが……。
「隊長、あれではないですか」
部下が指さす先には生物らしきものがいた。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
部下の指の先には白い羊の毛をまとった、マリモのように丸い、幼いアザラシのような生物がいた。奴に間違いない。
その生物は一頭だけではない、百近くいた。日向ぼっこでもしているのだろうか、まったく動く様子を見せない。
われわれは生物の群れに近づいていく。アザラシのような黒く湿った目がわれわれを見ていたが、動じる様子はない。むしろ興味を抱いたのか腹這いで近づいてきた。未開の地にいる生物と同じで、人間に対する恐怖より好奇心が勝っているのだろう。
近づく彼らに、われわれはいったん退いた。こういった未知の生物は、激しい化学反応を起こす物質や毒物を分泌している可能性がある。宇宙服が溶けてしまえば、われわれの生命が危うい。そのためまず、宇宙服の切れ端や人工皮膚などの試験片で触れてみる。彼らはおとなしく、鼻をクンクンさせるだけで咬みつくことはなかった。試験片にも変化はなく、触れてもよい生物であることは確認できた。
そこで私は麻酔銃を取り出し、目の前の個体に撃ち込んだ。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
高くかわいらしい鳴き声。針が当たった場所からは、われわれと同じ赤い血が流れてきた。この生物は酸素呼吸しているようだ。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
仲間が襲われたことを知ってか、彼らはゆっくりと遠ざかっていく。だがその速度は人間の徒歩よりも遅い。この惑星には天敵がいないのだろうか。
そう思っていると突如彼らは変形した。マリモのように丸々とした体はしぼみ、足が生えてきた。その足は人間そっくりの五本指で、皮膚は肌色をしていた。足首はゆっくり伸びていき、ついには人間の下半身と化した。
部下全員が声をそろえて言った。
「キモい」と。
頭に白い羊のような毛のマリモが乗っている人間の下半身……。決してきれいな肌色の脚ではない。一切のムダ毛処理がなされていない、黒いスネ毛だらけの足である。実に萎える。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
彼らは鳴き声をあげて、二足歩行で逃げていく。直径1メートルほどのデカいマリモが乗った体は極めてアンバランスだ。その速度は人間の徒歩より速いが、児童の全力疾走に劣る。間違いなく彼らは母星の生態系では生存できない。見事な欠陥生物である。
逃げ去っていく彼らを眺めていると、隊員の一人が指さし言った。
「ツソノシン……」
「ツソノシンってなんだ?」
「彼らの背中を見て下さい」
白い毛の生えたマリモの部分、その背中には日本語のカタカナで『ツソノシン』と書いてあった。だが、幼児が黒マジックで書いたような字だ。『シソノツン』とか『ツンノシソ』とも読めないことはない。ただ、部下の言葉を聞いてしまった以上、もう『ツソノシン』としか読めない。
われわれは以後、彼らのことを『ツソノシン』と呼ぶことにする。実に非学術的で安直なネーミングだが、全個体の模様が『ツソノシン』だったのだ。まぁ、わかりやすくてよいだろう。
ツソノシンたちが視界から去った後、麻酔が効いた一頭を連れて、われわれはシャトルに戻った。
***
われわれはツソノシンとクローン人間を、シャトルに備えた隔離観察室に投入した。セプト・テラの環境やツソノシンが人体に有害でないか確認するためである。セプト・テラの大気と水、あとは定期的な食事だけ与えて、なにもない純白の空間で共同生活させた。
実験は5日間行った。クローン人間に異常は見られない。おそらくセプト・テラの大気や水に有害性はなく、ツソノシンにも毒はないのだろう。安心したのかクローン人間は常時ツソノシンに寄りかかり、極めて怠惰な日々を過ごしていた。今も「もふもふです」と悦に浸りながら、ツソノシンをソファー代わりに食事を摂っている。
クローン人間いわく、綿の塊に包まれているような感触らしい。彼らはきっと良い毛皮となるだろう。
一方、ツソノシンは衰弱していった。われわれの保有する病原体に感染したとか、われわれの分泌物に拒絶反応を示したというわけではない。単純に彼らはほとんど食事を摂らなかったのだ。
初日は魚類を与えた。イワシやサンマ、鮭にマグロも与えた。だが彼は一切、口にしなかった。
2日目は草を与えた。キャベツやトマト、ケールに小麦も与えた。だが彼は一切、口にしなかった。
3日目は肉を与えた。豚や鶏、牛に羊も与えた。だが彼は一切、口にしなかった。
4日目はキノコを与えた。シイタケやシメジ、マイタケにテングダケなどを与えた。するとツソノシンは一つのキノコに興味を示し、口にした。
マツタケである。出されたマツタケを一瞬にして平らげ、空になったトレーをヒレでつかみ、観察室の窓を激しく叩く。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
どうやらマツタケをねだっているようである。どうしてよりによって、栽培の難しい高価なマツタケを選ぶのだ? 仕方なくマツタケを観察室に放り込む。本当は私が食べたいのに!
奴は「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」という歓喜の声をあげ、十秒足らずでマツタケを胃袋に収めた。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
ツソノシンは相変わらずマツタケを乞うている。アザラシのようなつぶらな瞳を私に向けてくる。実に心苦しい。だが、奴にやるマツタケはもう一本もない。このシャトルはノアの方舟の役目も持っている。われわれには十分な個体数を確保し、母星の生物の絶滅を防ぐ職務もあるのだ。
私がなにもしないでいるとツソノシンは立ち上がった。同時にクローン人間が「きゃっ」と声を上げ、観察室の隅に逃げる。
白いマリモに生えた毛深い人間の下半身。実に萎える。おかげで私の目は覚めた。こんな生物のために高級マツタケを与えていたのかと腹が立った。
観察室にクローン人間の食事だけ投入し、私は立ち去った。背後で立ち上がったツソノシンが嘆願する。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
その悲鳴を聞く者は誰もいないのに……。
一昼夜が明けた。今のツソノシンは動けず、もはやクローン人間のソファーでしかない。
われわれは決断した。ツソノシンを屠畜しようと。その肉をクローン人間に食してもらおうと。これも大事な実験の一つだ。われわれはクローン人間に武器を与えた。彼女はわれわれの意図をすぐに理解してくれた。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅぃぃーいい!」
まず皮がきれいにはぎ取られた。次にツソノシンを枝肉に加工していく。見事な枝肉だ。クローンは滴る血液に動じることなく、ツソノシンの肉を部位ごとに分けた。われわれのクローンは実に優秀である。
肉の加工を終えたクローンは、フライパンでツソノシンを焼いた。
そして皿に移し替え、食す。
「ぶたにくみたいです」それがクローンの感想だった。
どうやらツソノシンは食用にも向くらしい。念のためクローンには血液検査などを施したが、なんら異常は見られなかった。おとなしく、安全で毛皮にも食用にもなる生物……実にすばらしい。
セプト・テラはわれわれの新天地としてふさわしい惑星に思われた。
だが、拠点から移住船を送るのにはまだ早い。シャトル周囲にツソノシンは一頭もいないのだ。ツソノシンの生息数によっては受け入れ人数を制限しなければならない。
彼らはどこに消えたのだろうか?
われわれは豚肉のような風味を堪能しながら、シャトルを低出力モードに切り替え、内陸に向けて飛ばした。
***
シャトルから見下ろしたセプト・テラの大地は、裸子植物と50メートルほどの巨大キノコが支配する原初の森に覆われていた。目視では動物の生息は確認できない。大気などに異常がないことを確認し、センサーをおろす。
起動直後、ディスプレイに特大の赤い点が表示された。
「生命反応、確認」
自動音声の声にわれわれは期待を膨らます。解析すると、赤い点の正体はツソノシンだった。点の大きさから、数百頭規模の群れで行動している。
「総員、武器を持て! 着陸後、群れの調査をする!」
私の命令とともにシャトルは高度を下げてゆく。
もう辺りは夜闇。宙にはぺったりと隣り合った二つの月がわれわれを照らしている。地上が近づいてくるとセプト・テラの大地は別の様相を見せていた。巨大キノコはツキヨタケのように輝き、蛍色の光が月光と競うかのように宙へ放たれている。その輝きは森全体に広がっていたが、一点だけドーナツ状の不思議な光を放っていた。その場所はディスプレイに表示された赤い点に一致する。
「総員、防護服を着用せよ! 防毒マスクも忘れるな! 肺にキノコが生えるぞ」
大気採取の結果に異常は見られないが、キノコというのは細菌みたいなものだ。胞子が付けば全身がキノコと化す可能性は否定できない。安全性が確認できるまでは最善の防護をする。それが惑星調査官の常識だ。
全員が防護服に身を包んだころ、シャトルは着地した。私を含めた隊員四名と裸のクローンがビークルに乗り、ハッチから地上に降り立った。
***
われわれはビークルを走らせる。
天上を見渡すと、童話に出てくるようなキノコが、蛍色に輝いている。傘からは巨大な胞子が放たれ、揺らめく蛍となってわれわれの元に舞い落ちる。傘の隙間からは白銀の月光が二つ射し込み、大地全体がエメラルドグリーンの光に満たされている。まるで小人となって、幻想の世界に迷い込んだような感覚にさせられた。
だが、われわれは幻想に浸っていてはならない。拠点の人々から託された大事な職務があるのだ。
まずは胞子の影響を確認しよう。私はクローン人間のそばに寄る。
「体は大丈夫か、気分悪くないか」
「からだはだいじょうぶです。キノコ、とーってもきれいですねぇ」
のんきな言葉どおり、クローンの様子に異常は見られない。呼吸音、心臓音ともに正常で、胸のあたりにシコリが発生している様子もない。本当に異常がないかはシャトルの隔離観察室で精密検査するしかないだろう。
私がクローンの観察を終えたころ、ビークルが急停止した。障害物を検知したようだ。
前を見ると、今までと比べ物にならないほどキノコが密生しており、ビークルが通る隙間などなかった。
「どうします? 爆破しますか」
「爆破はやめろ! この先にはツソノシンがいる。爆発音にビビッて奴らが逃げちまう」
「では、どうするのですか?」
そう部下が問いかけたときだった。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
ツソノシンの鳴き声がキノコの森の中から聞こえてきた。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ。きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ……」
鳴き声だけではない。なにやらポコポコという音も聞こえてくる。これはツソノシンが出している音なのか? 調査せねばならない。
「総員、降りるぞ。これから徒歩で調査に向かう!」
われわれはビークルを置き、キノコの森を分け入った。密生するキノコと月光が織りなす輝きの強さは、母星で栄華を誇ったときの不夜城を上回る。夜とは思えない光の世界に目をくらませながら、われわれは森の奥へ歩を進めた。
あれから五分ほど歩いた。ツソノシンの鳴き声とポコポコという音は徐々に大きくなってゆく。まだ彼らの姿は見えない。それどころか、蛍色に輝くキノコの森は途切れ、漆黒の闇が見えてきた。
崖か?
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
いや、ツソノシンの鳴き声は目の前から聞こえる。それに崖の底から発せられたような低い反響音はない。間違いなく彼らはわれわれと同じ高さの地上にいる。
私はライトを取り出し、闇の中へと向ける。ゆっくりとライトを水平に近づけ、光を前に向けた。
案の上、ライトの光の中心に物が映った。それは崖ではない。ライトを消して、われわれは光と闇の境界線にあるキノコの裏から闇の中を見た。
まず見えたのはツソノシンの脚だ。アザラシのように怠惰に寝そべり、太鼓のような打楽器を足で蹴っている。打楽器からはポコポコという音が鳴り、闇全体に響いていた。防護服のゴーグルを暗視モードに切り替えると、打楽器を叩くツソノシンは大きな輪を作り、みな外に向かって脚を出し、音を鳴らしていた。
打楽器を鳴らすツソノシンの目線の先には小さな輪が作られ、立ち上がったツソノシンが反時計回りにスピンしている。アンバランスな体でふらつきながら各個体が回転している。それだけではない。輪そのものも反時計回りに回転しているのだ。その舞は惑星の自転と公転を彷彿させる。
舞うツソノシンを眺めていると、隙間からもう一頭見えた。その個体は蛍色に輝くキノコの冠を被っている。ボスか? ひざまずき二つの輪の中心を向いている。だが、その視線の先にはなにもない。ただの空間が広がっている。輝くキノコは一つもなく、二つの月が空間を照らしている。
私はゴーグルのモードを変更して空間を見た。だが、どのモードにしても映らなかった。
「隊長、俺にはなにかあるように見えます」
「私もだ」
光を一切反射せず、吸収もしない物体。これは有用な資源になりうる。さらなる移住地の開拓に貢献してくれるに違いない。
隊員も同感なようで、みな前のめりになっている。ロケット砲を抱え、突撃準備をする隊員もいたが、私は制止した。
目の前で繰り広げられるツソノシンの行為の意味をわれわれは知らない。ただあまりに整えられた内容に、私は思うのだ。これは彼らの信仰をかけた行為なのだと。決して侵してはならない神聖な儀式なのだと。
連れてきたクローンに異常は見られない。われわれは儀式の一部始終を見守ることにした。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
ボスが突如、鳴き声をあげた。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
二つの輪のツソノシンたちも合わせて鳴く。打楽器の音と舞は止まらない。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
鳴き声はどんどん激しくなってゆく。ポコポコという音は大きくなり、テンポも速まってゆく。舞の速度は自転、公転ともに加速してゆく。
ボスが立ち上がった。短いヒレで天を仰ぐ。背中から地面に倒れてしまいそうなほど、大きく体を仰け反った。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ!」
ボスの鳴き声と同時に空が暗くなった気がした。
「隊長、月が……」
部下の声に私は空を見上げた。
月が一つになっていた。一つの月がもう一つの月を隠したのだ。
それはまるで『月食』。ツソノシンたちは月食を認識していたのだろうか? それなら、われわれは認識を改めなければならない。彼らを原住民ではなく、実験動物のように扱ってしまったことに反省せねばならない。
彼らに一つに結ばれた月の光が降り注ぐ。打楽器の音は止み、舞も止め、みなボスの元に集まっていく。その視線はボスの前、ぽっかりと空いた空間に向いていた。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ!」
闇の中に放たれるボスの声。その声に従うかのように、なにもない空間はその正体を現した。
地上から白銀の光の柱が現れたのだ。その光は月の輝きと同じ色だ。
「嘘だろ……」
われわれは思わず声を漏らした。月を目指して天に届かんとする光は空を覆い、真昼を思わせる輝きを放つ。その正体は高さ200メートルはあろうかと思われる巨大キノコだった。辺りにはマツタケの匂いが漂ってくる。
キノコから白銀の光の粒がおりてきた。あれは胞子だ。
ツソノシンたちはデカい舟形の容器を頭に載せて持ってくる。全長30メートルほどの容器が10個、瞬く間に並べられた。その容器の中に白銀の胞子が次々と入っていく。
彼らは天を仰ぎ、一斉に大きな口を広げた。地上に降りてきた胞子が次々と口に入り、彼らの体は月と同じ白銀の光を帯びていく。ツソノシンと二つの月が結ばれた瞬間だった。
私は思った。これは彼らが月と結ばれるための儀式なのだ。いや、彼らは月に神を見出していたのかもしれない。神楽を舞い、ボスが巫となりて、祈りを捧ぐ。神から賜った白銀の胞子で直会し、身を白銀の月色に輝かす。ツソノシンたちは今、神と身を共にしたのだ。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ!」
ボスの鳴き声が聞こえる中、私は拠点に報告することにした。
***
第七の大地『セプト・テラ』は判明している候補地の中で、われわれの第四の移住に適する可能性が最も高い。
クローン人間を用いた実験結果から、この惑星の大気や水に有害性はない。
ただし、この惑星はキノコが多い。キノコ類に有害性がないか、引き続きの検証が必要である。(図55参照)
さらに主要な動物として『ツソノシン』なる生物が生息する。(詳細は映像1~13を参照)
ツソノシンの毛皮は柔らかく断熱性に優れ、実に有用である。また肉は美味で食肉に適す。
しかし、彼らに家畜としての待遇は不適切である。ツソノシンには月への信仰があり、宗教的儀式を行っている。われわれの知らない文明を築いている可能性が極めて高い。さらなる調査を要するが、彼らには原住民としての待遇を与えるべきだと、調査隊は考える。
われわれは三度の過ちを犯した。母星『地球』と一つの惑星を不毛の地に変えた。現在の拠点も寿命2000年程度しかない。
きっと、われわれが適切な配慮をすれば、ツソノシンたちは良いパートナーとなるだろう。全ての調査が済み次第、毎年1億人の移住を100年かけて行う予定だが、調査隊としては同じ過ちを繰り返さないことを強く願うばかりである。
***
報告を終えたころ、月光を湛えた巨大キノコは消え去っていた。空の月は二つに分かれ、昼間のような明るさはもうない。それでも先ほど比べ、周囲は明るかった。なぜか?
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
われわれは知らぬ間に神秘の光を纏ったツソノシンに囲まれていたのだ。その数は分からない。視界すべてが彼らで埋め尽くされていた。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
目の前に冠を被ったボスが立ち、われわれを短いヒレで指す。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
周りのツソノシンも呼応し、一斉にヒレをわれわれに向ける。
「これは……ヤバいぞ」
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ!」
ツソノシンたちは丸い頭をこちらに向けて突進してきた。瞬く間にわれわれは持ち上げられ、胴上げされた。森の奥へとベルトコンベア式に流されていく。ふわふわした毛がクッションになり痛くないが、ビークル並みの速度、秒速10メートルで流されている。ツソノシンの列は途切れることがない。
私は無線に向かって叫ぶ。
「メーデー、メーデー! こちら地上調査隊。ツソノシンに襲われた。シャトル組、応援を要請する!」
誰も応答しない。
「ツソノシンに襲われた。シャトル、応答せよ!」
無線を取る音が聞こえた。これでシャトルと通信できる。助けてもらえると安堵した。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
「嘘だ……」無線の声に耳を疑う。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ」
聞こえてきたのは間違いなくツソノシンの鳴き声……すでにシャトルも墜ちたか。
次に連絡すべきは拠点だが、手持ちの無線では届かない。シャトルの無線が必要だ。しかし、シャトルの通信が占拠された今、拠点への応援要請も不可能だ。おそらく先ほどの報告も届いていないだろう。
あまりの危機に仲間の一人がレーザー銃を発射した。幾度となく発射し、光線がツソノシンに命中するが、無傷だった。次はロケット砲を発射した。爆発で半径20メートルほどが焦土と化したが、ツソノシンには傷一つついていない。
私はゴーグルの設定を操作し、シールド解析へ変更した。こんな機能を使ったのは初めてだ。
画面が変わった瞬間、私は衝撃を覚えた。
「なんだと!?」
白銀に輝くツソノシンはシールドに覆われていたのだ。それも直径100メートルの隕石が、秒速50キロで衝突しても耐えられるという水準の強度を誇っていた。ツソノシン一頭一頭にこの不可侵のシールドが張られているのだ。
非科学的だが、もはや月の加護、いや神の加護としか説明がつかない。
胴上げは続き、蛍光色の森の奥へわれわれは連れ去られていく。もはや抗うことは許されない。われわれ五人はひたすら懺悔するのみ。
もうツソノシンの鳴き声しか聞こえない……。
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ。きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ……」
「きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ。きゅ~ぅ、きゅっきゅっきゅ~ぅ……」
ブチッ。
『緊急通報911:シャトルの通信が破壊されました』