私の神様
「私と、私を奉る宗教の為に、お前の残りの命をくれ」
突然、不思議な力で呼び出された亜空間。
私とさして変わらない年齢の少年の姿をした彼がそう言った瞬間、私の体は震えた。
それは突然突きつけられた理不尽とも言える要求に怒りを覚えたからでも、異世界に彼の人の宗教を広める巫女として派遣されるという、ありえない状況に恐怖したからでもない。
それは、紛れもない歓喜の震えだった。
傅きたい。
仕えたい。
崇め奉りたい。
その衝動が生まれたのは、いつからだっただろう。
物心ついた時には、私は胸の奥から湧き上がって止まない感情に、苦しみ続けていた。
欲しい。欲しい。欲しい。
いない。いない。いない。
私の神様は、一体どこに、いるんだ?
片っ端から宗教の本を読んで、私が崇めるべき神を探したが、どこにも私が仕えたいと思う神はいなかった。
ならば、新興宗教かと、取りあえず駅前で勧誘された宗教に入信してみたが、ただ営利だけを目的する宗教そのものも、彼らが「神」と崇める人物も、ただ吐き気が湧くだけで、私の求めるものとはほど遠かった。
こんなものを、一瞬でも神だと思った自分が情けなくて腹立たしい。
すぐにでも脱退しようと思った時、でっぷりと太った中年の姿をした「偽物の神」は言った。
わたしは、お前を気に入った。
お前に、誰よりも私と近くにはべる権利を与えよう。
だから、疑うことなく、身も心も私に委ねなさい。
私は、お前の神なのだから。
そんな言葉と共に、明らかに性欲を感じさせる手で触れられた瞬間、私の中で何かが切れた。
オマエノヨウナ卑小ナ俗物ガ、私ノ神ヲ語ルンジャナイ。
マダ見ヌ私ノ神ハ、オ前ナンカト比ベル事スラ烏滸ガマシイクライ、崇高ナ方ダ。
偽物ハ――排除、シナケレバ。
気がついた時には、辺りは血塗れだった。
私は頬についた返り血を拭いながら、隠し持っていた護身用のバタフライナイフで滅多ざしにした、自称神の死体を見下ろしていた。
罪悪感?
ある筈がない。
神の名を騙る不届き物を、罰しただけだ。
だけど、そんな私の行為の正当性を知らぬ警察達は、私を捕まえようとした。
別に殺しても良かったが、別に不信心ものではない彼らを罰する理由はなかったから、黙って受け入れようとした瞬間、眩い光が私を包んだのだった。
そして、光が止んだ瞬間、目の前に「私の神様」が立っていた。
「お前が私の為に生贄を捧げてくれたから、異世界に干渉して、お前をここに呼び出すことが出来た」
一目で、分かった。
この人だと。
この人こそが、私が求めていた、神様だと。
私が傅き、仕え、崇め奉るべき主だと。
「私は、異世界を司る神だ……だが、現在私の世界では、誤まった信仰が広がり、私の力が弱くなっている。……この亜空間でしか実態を保てない私の代わりに、正しい私の教えを広める、巫女が必要なのだ。私の為に、命を捧げて尽力してくれる、そんな存在が」
そうか。彼は異世界の神だったのか。
だから、あれほどあの世界を探しても、見つからなかったのか。
真っ白な少年神は、金色の瞳を私に、向けながら厳かに告げた。
「私と、私を奉る宗教の為に、お前の残りの命をくれ」
それは、今まで聞いたどんな言葉よりも、嬉しい言葉だった。
「喜んで、承ります。――我が主」
自分の命も、今までの世界の世界に対する未練も、微塵も感じない。
ようやく、自分が生まれた意味が分かった。
自分が成すべきことが分かった。
この世に生を受けた瞬間から、探し求め続けた存在に、出会えた。
一体これ以上に、何を望むことがあるだろうか?
ある筈が、ない。
「我が主よ……貴方に生涯の忠誠を捧げる私めに、貴方に口づけをすることを許していただけませんか? ただ一度だけ、御身に触れる機会をお与えください」
「……そうだな。特別に許そう」
「ありがたき、幸せ」
許可が出るなり、私はその場に跪いて、その御足に接吻した。
後に大陸の宗教を統一して、主神ロビエルを崇め奉る強大な宗教国家を作り上げることになる「異界の狂信巫女」が誕生した瞬間だった。