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矢印な彼と消しゴムなあいつ  作者: 藤泉都理
高校2年生 4月編
6/37

千切れた桜のはなびらは/天地に強烈なあわを射す

 佐之助の提案に積極的に乗り出した真田に俺たち三人が引っ張られて来たのは。


 女子がたむろするパンケーキ屋やケーキ屋など甘味満載の可愛らしいところなどではなく。



「…まぁ。春だしな」



 ぽつりと呟いた自分の発言に再度春だしなと心の中で呟いた俺。

 凹凸の少ない土の地面の上に敷かれた菜の花色のビニールシートに歪な丸の形に座って、手渡された濃い緑茶をすすりながら、前方の満開の桜を見上げた。



 春の日中と言えど、まだ肌寒い青空の下、紙コップに入っている緑茶の温度に指先から全身へとじんわりと伝って行く温もりにほっと心を休めながら、ひらり、ひらりと流麗に舞う桜の花弁を見届ける俺の耳に届くのは、一年間の始まりを予感させる春の季節に相応しい演奏。うちの学校の吹奏楽部に、佐之助のノリノリな鼻歌がコラボしている。



 吹奏楽部の演奏が何故聞こえるかと言えば、届く範囲にいるから。とゆーか、聞こえて当然の場所にいるから。



 だってここは、学校の中なのだから。

 だって、吹奏楽部が間近にいるのだから。

 とゆーか、真田に頼まれた吹奏楽部が俺たちの為に演奏しているわけだから。



 俺たちが今いるのは、校舎と運動場の狭間、桜が均等に植えてある道路を校舎の向かい側の傍らに置くちょっとした森と化した、運動場へと少し下っている斜面の草原の東寄り、木の長椅子とか丸い机とか椅子が合体している大型の傘がある休憩所。そこは埋め立てでもしているのだろう。平らになっていて、なおかつ桜も植えてあるから、花見の場所としては最適と言えば最適なのだが。



(学校終ってから帰らないやつなんて結構いるけど、まさか、わざわざ残って花見をするやつなんて、そうはいないよな)



 校舎と運動場は高低差があるから、ほんの少し視線を落とせば、部活に勤しむ野球部やらサッカー部の連中の姿が見えた。

 青春だなー。ほのぼのする。自然いっぱいで癒される。でもここ学校。帰るべきじゃね?



「いや。春だしな。桜満開だし。花見するのすげー久々だから嬉しいんだけど。何で学校の中で?花見をするなら、せめて学校から徒歩十分足らずで着く公園じゃないか?」

「いいじゃない。どこでも」



 俺の正面にいる真田はにっこりと笑ってそう答えると、真田の右隣、俺の左隣で胡坐をかいている美影にスーパーなのか和菓子屋なのかどっちの代物かは分からないが、桜の形をした和菓子を丸い焦げ茶の皿に乗せて手渡した。



「美味しいわよ」

「ありがとな」



 ほんの一瞬、躊躇した美影はそれでも受け取って、見るからに胸焼けがしそうなくらい甘い桜型の和菓子を二口で食べ終えてから、緑茶を口に含んだ。

 真田はまた美影の持っている皿に和菓子を乗せて手渡した。

 美影は受け取って食べた。

 傍目から見れば、仲のいい恋人みたいな二人を見るに耐えなくて、俺は桜を見上げた。



「きれいだなぁ」



 ずずっと音を立てて緑茶を飲み干してから、ぽつりと呟いた。


 ひらり。ひらり。

 桜のはなびらが舞う。白にほんのたしなみ程度に紅をさす桜色。

 ゆるやかに。ふわふわと。



(あ~。なんか。泣きそう)



 何でかは分からない。

 桜の所為か?感傷的になってしまう。

 止めてくれよ。引き摺りだすのは、新生活に相応しいうきうき感だけにしてくれよ。



「渚。敵前逃亡か?」

「…うるせえ」



 桜を見上げたまま、俺の右隣にいる佐之助に力なく返した。



「おまえ。本当に浮き沈み激しいな。街中で見せた勢いはどうしたよ?」

「あれは俺であって俺でない」

「何だそれ?」

「知るか」

「ライバルが現れたってだけで諦めるのかよ?」

「………若干」



 だって、百人に問えば九十人くらいは、美影と真田が恋人だって答えるくらい。

 お似合いなんだ。



(急展開過ぎだろ。それともあれか。さっさと諦めろって神様の啓示?)



 恋のライバルなんてもんは、普通、仲良くなって、あれ、こいつも俺に気があるのか。くらいに距離が縮まって出て来るもんだろ?

 それが何だって、好きになった当日に出て来るんだよ?

 どう考えたって、諦めろって事だろ?はいはい。すみませんでしたね。俺が恋しちゃいけない人だったんですね。分からなくてすみませんでしたぁ。



 不貞腐れた俺はそっと鼻水を吸った。



 あ~。くそ。寒過ぎなんだよ。あちこち。身体に穴でも開いたみたいだ。ピューピュー風が通り抜けてるよ。別に風なんかない穏やかな気候だけれども。


 つーか。なんか、演奏が元気を出すようなのに変わってんだけど。今迄のは元気が出るようなのだったけどね。今は元気を出すようなの。意味が全く違うからね。自然と不自然くらい違うからね。

 でもって今流れているのは、ヤーヤーヤーだよ。ヤーヤーヤー。

 何だっけ。あれ。確か。向かい風に当たりながら歌ってたよな。

 あー。俺。今まさにそれだわ。

 どうしよっか。このまま向かい風に身を任せようかな。そんでそのままどっかに消えちゃおうか。




 なんて。




 俺の想いは所詮そんくらいに軽いもんだったんだなぁ。

 あーあ。初恋は甘酸っぱいとか誰が言いやがった。

 甘くねえよ。

 レモン並に酸っぱいわ。いや。梅干し?

 とにかく。痛みまで感じるくらいに酸っぱいやつだ。

 あー。酸っぱいの想像してたら、涙が込み上げて来た。

 泣かねえよ。ここで泣いたら、失恋したみたいだし。つーか。いきなり泣いたら引くっての。なんて言い訳すりゃいいんだよ。レモンを想像してましたって言えばいいじゃん。



 くだらない。



 うだうだ考え結果、その一言が浮かんだ俺は深い、深い溜息を気付かれないように落とした。


「あ。そう言えば。おばあ様に美影を校長室に連れて来るように頼まれていたの忘れていたわ」


 真田の発言に、ぴくりと肩を揺らした俺。

 隣にいる美影が立ち上がる気配を感じた。


 から。


「…俺んち。いつ来る?」



 俺は桜を見上げたまま、咄嗟に美影に向かって手を伸ばして、恐らく腰の辺りの衣服を掴んでそう尋ねた。途端、演奏が止まった。おいおい。続けてくれよ。



 俺の心臓の音。聞こえるかもしれないだろうがよ。



「じゃあ、明後日の金曜に」「おい」



 勝手に応えた真田に、美影が咎めるように告げた。

 じくりと。胸が痛くなる。



「美影は来ないでね。私、渚君とライバル同士話したい事があるから」

「あー。じゃあ、その日、美影は俺と遊ぼうぜ」

「いや。悪いけど、用事があって」

「おーそっか。じゃあ、また都合のいい日でいいわ」

「悪いな」

「気にするなって」

「渚」



 俺を交えない三人の会話が素通りしていた俺は美影に名前を呼ばれて、全神経を聴力に注いだ。



「渚の母さんの飯は食えない。俺は、自分と真田が持って来たのしか食べられない。それに食べ続ける。それでも構わないなら」



 じくじくと。胸の痛みは止まらない。



「構わない」



 真田は俺が知らない美影の事情を知っている。

 事情を知っているから、美影は真田に対して壁を取り外している。

 美影が言うまで余裕で待つつもりだったのに。

 知らない事がこんなに苦しいなんて。思いもしなかった。



(だけど、俺は訊かない)



 出会ってまだ一日目。複雑な事情を話すやつなんてそうはいない。

 第一、美影は話したくないのかもしれない。

 分からないけど。分からないから、待つ。



 俺は見上げていた視線を下げて、俺が掴んでいる所為で、中腰で片膝を立てて座っている美影に瞳を合わせた。



「好きだ」



 ぶはっと噴き出した佐之助は無視する。つーか。ぜってー後で殴る。



「………ああ」



 ドッゴン。心臓が音を立てる。

 薄い。うすい微笑。淡いのに、とても強烈な色を放つ。惹き付けられる。初めて目にした時と同じに。



(やっぱ。諦められねえ)



 視界の端に映る真田の余裕のある微笑に、目を細めて受け立つ姿勢を露わにする。






 演奏が再開する。ごちゃごちゃと煩雑していて喧しいくらい陽気な演奏。

 空気が読めている演奏学部の連中に、感謝の気持ちを込めて今度差し入れでも持って行こうかと思いつつ、暗い気分がどっかに消え去った俺は、清々しい気持ちで真田と美影を見送ったから、一人ごちた。



「あー。恋ってめんどうだよなぁ」



 桜のはなびらが、ひらり、ひらりと舞い散る空間は。



 どうしてか。時間が止まったかのような感覚をそっと引き寄せるほどに、この世から切り離された浮世の世界のようで。



 ずっと見ていたい綺麗な景色なのに。



 去って行く背中を霞ませるその桜のはなびらが、ほんの少し疎ましかった。



「何やってんだよ。俺」



 無意識に伸ばした腕で、空を掴んでいた拳で。

 とりあえず、何が可笑しいのか分からないが大爆笑している佐之助の頭を強く小突いた。









(2015.4.9)



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