表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
矢印な彼と消しゴムなあいつ  作者: 藤泉都理
大学1年生 11月編
34/37

お気に入りの手袋をした両の手に/こぼれんばかりのりんごを抱えてひた走る




 歯を食いしばって泣き続けた俺が落ち着いてきた頃合いを見計らった棚田さんは、行くぞと言って俺の肩を軽く叩いて立ち上がらせ、喫茶店のマスターに奥の部屋を借りるぞと告げるや、従業員専用と書かれた部屋の中へと入った。俺と吉柳はマスターに軽く頭を下げてから、急いで棚田さんの後を追って、部屋の中に入った。


 まるでこじんまりとした塾の部屋の中のように、ホワイトボードと、それに向かい合い、合間がほどほどに取られた椅子と机が前後合わせて六席あった。

 座れと指示された俺たちは、前の真ん中に、吉柳は俺の後ろに座った。


 吉柳は一度講義したが、まあ連れ合いがいた方がいいだろうから付き合え。

 棚田さんは前置きして、今以上があるのかと感心するほど、目つきを鋭くさせては、性交渉の講義を始めると言った。




 写真と文字のプリントの説明が終わると、映像が流された。

 高校の保険体育での流れと一緒だったが、真剣度がまるで違った。

 教える立場である先生の。

 そして、教わる立場である俺たちの。

 恥ずかしがったり、茶化したりして、俺も含めて生徒は真剣に見たり受けたりできなかった。



 教師と生徒では近しすぎたのかもしれない。

 親とも話し合えと言われたが、高校生になって、親と話し合うのは大いに恥ずかしく、結局話題にあげられなかった。




 下準備や道具の使用がいかに大切か。

 安全、安心、清潔、同意の下での、性交渉におけるお互いの意見交換。

 性交渉時に伴う病の経路と治療法、近くの病院名。

 科学授業のように理路整然、かつ、淡々としていながらも、個人指導の時のような熱量があった。




「こんな事務的なもん知るか。愛を確かめ合う行動なんだから、気分が最骨頂になった時にすりゃあいいんだよって最大級阿呆がいるけどな。性交渉。だぞ。独りよがりでするもんじゃない。大体勝手に盛り上がってると勘違いする最大級阿呆の方が多い。気分が盛り下がるとか言ってる場合じゃない。下手すりゃあ、命を落とす行為だ。本来、バカスコやるもんじゃないと俺は思うんだが。仕方ない。子孫を残さないといけないからな。強引さに引きずられて喜ぶ身体の仕組みもあるんだろうな。俺は断固ごめんでねじ伏せてみせるがな」



 舌打ちした棚田さんはこれで一応終わりだが何か訊きたい事はあるか言った。

 不躾を承知で俺はきっぱりと口を開いた。



「付き合っている人はいますか?」

「いる」

「性交渉をしますか?」

「しない」

「性欲はないですか?」

「あるが自分だけで治められる程度だな。付き合っているやつは知らん。俺が最初にしないと言ってそれでもいいかと訊いたら、いいと了承したんでな」

「知りたいと思わないんですか?」

「思わん。何もかもを暴くのが付き合うって事でもないだろ」

「…そう、です、よね」

「……ただ、口を噤んでいても、暴かれたくないやつもいれば、暴かれたいやつもいる。そこらへんは、やっぱ、難しいよな」



 棚田さんは目を伏せてから首を一度だけさすり、俺に視線を合わせた。

 なんて、力強い瞳だろう。

 自分をちゃんと知っている人しか放てないような魅力さ。

 俺が持っていない。



「他人を傷つけないないなんて、無理な話だ。相手は俺じゃないからな。傷つけまいとしても、傷つけている場合もある。だから、俺は踏み込まない。助けを求められるまで、放置だ。冷たいだろう?」



 棚田さんは薄く笑うが、俺はそうは思わなかった。



「冷たいさ。だが、俺は時にそれも必要だと思っている。性問題はようやく産声があがってきた状態だから仕方ないが、暴いているし、認めないといけないと過度に反応している。法的に認められたいやつらからすれば、俺は目の敵にされるだろうけどよ。俺からすりゃあ、男だ女だ違うだ、好みの問題で、好きなやつもいれば嫌いなやつもいる。背けられたのをすぐ差別だってのも違うだろ。知ることは必要だ。けど、その上で受け入れるか受け入れられないかも、自由なはずだ。どうしたって変えられない好みだってあるだろに」



 棚田さんは乱暴に頭を掻き回した。



「今はなあ。転換期なのかもしれないが。様々な色を個に見ようとしてるんじゃなくてよ、混ぜ繰り返して、一色単にしようとしているようにしか見えないんだよ。男と女の性質も確かにあるのも自覚しないと、何でもかんでも平等の一言で本質、面倒事を隠しているようにしか見えな、い。あー悪い。関係ない事まで話した」



 勢い良く立ち上がった俺は、ばつの悪そうな顔をする棚田さんに詰め寄る。

 知らない内に、胸の上の服をきつく掴んでいた。



「いえいえ!俺、おれ。なんて言っていいのか」



 感動。なんて、一言で表せないくらいに、胸がいっぱいになった。

 暗闇の中にもらった一筋の光に、ようやく触れられたのだ。


 

「とろけるチーズは好きでも固形チーズがどうしてもだめな人もいますもんね!」

「あ。あー。あー。そうだな」

「でも最初はだめでもそのうち好きになる人もいますもんね!」

「そう、だな」

「食べるのがだめでもあの穴の開いた三角形に魅力を感じる人もいますもんね」

「そうだな」

「あ。いえ。すみません。何を言いたいのか分からなくなってきましたけど。ただ。ただ。俺は、認められない個性があっても、好きでいてもいいのかなって。ストンって。腑に落ちたと言いますか。俺は性交渉に興味はあるけど、相手に求められないなら、逸らす手段も確かにあって」



 俺は首を傾げた。

 あれ、本当に何を言いたいのか分からなくなってきた。

 混乱してきた俺は、急いで机に戻り、もらっていた白紙に今思っている事を書きだし始めた。

 後で何度も読み直せるように、慌てないで、文字を綺麗に書くように心がけて。











(2021.4.29)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ