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矢印な彼と消しゴムなあいつ  作者: 藤泉都理
大学1年生 11月編
30/37

秋眠のさつまいも/粧う山の頂に雲をなす




 インテリア学科の吉柳と奈古、都市デザイン工学学科の真田、建築学科の佐之助と俺。

 学科は違うが同じゼミに属する俺たちは今、竹林の中に佇んでいた。



 四年間お世話になる、ゼミの先生である青田和生あおた かずおが所有しているここには、受講の一環で訪れていたのだ。

 三週間の泊りがけで。



 それだけ聞いてもなかなかハードな講義であるのに、一週目はまず、それぞれ割り当てられた区分の、数百は優にある真竹すべてのスケッチをひたすらにして、その中から一本を選び出し、二週目は選んだ竹を使って、家全体であったり一部だったりの模型なり、工芸品なりを作り、三週目は好きに過ごせとの課題が言い渡された時には、一週目で挫折しそうだと思った。



 でも、一週目の苦難さえ過ぎた後を思えば、心は躍った。


 

 十一月上旬。ひんやりしているのは、この時期特有のものではなく、環境の所為だろう。

 今年は暖冬らしく、ここに足を踏み入れるまでは、まだ寒いとは感じなかった。

 ここを訪れて、三日目であった。






 背丈が高い、低い。

 幹が太い、細い。

 節のでっぱりが、大きい、小さい。

 葉が多い、少ない。

 部分的色落ちあり、なし。

 皮の剥がれあり、なし。

 色が鮮やか、くすんでいる。

 感触が艶やか、乾燥。

 虫の通い跡がある、ない。

 原因不明な跡がある、ない。

 ぐらついている、ぐらついていない。

 密集している、していない。



 竹の知識については未然に教えられなかったし、調べもしなかった。

 さぼったわけではない。

 まずは、伐採する竹の選択は直感でどうにかしろ。

 そのあとで、きちんと教えてやる、との事。



 知識会得より先んじての考察、実験。

 小学生みたいだなと思った。

 中高は知識を得てからの、考察、実験、実証だったし。いや、考察は数学と国語くらいで、あとは知識重視だったし。



(……何を作ろうか)



 やはり家の模型だろう。

 材料はすべて竹だと言ってた。

 竹紐とか、竹釘とか、材料同士を凹凸に加工してのみの接合とか組み立てる方法はあるけど。


 いや、まずは設計図だろ。平屋か、二階建てか。土地がなかなかの広さがあると仮定すれば、平屋もいいかもな。畳部屋もいるけど、せっかく竹を使ってんだ。竹の丸みを利用した床とか壁とか、竹をふんだんに使った部屋とか。玄関、長い廊下、囲い廊下、居間に台所、風呂、脱衣所、トイレ二つ、客間、寝室、仕事部屋、遊び部屋、子ども、部屋。



(…そういや、俺。男に惚れんだから、俺の血が通った子どもは、育てる事はできないんだよな。本気で育てたいなら、養子を考えればいいんだろうけど。もしくは)




 もしくは、




(……美影、元気、かな)



 偶像崇拝すると決めてからは徹底して、公演会場以外では会わないようにしていた。

 いや、会場以外で会う事はなかった。

 美影にも話が通っていたんだろう。不自然なくらい、美影とは会わなかった。きっと、俺を見かけたら隠れてたんだろう。



 それでいい。

 それでいいんだ。



 二年の後期には海外留学できるようになっていた。期限は四年になるまで。最高一年半滞在可能というわけだ。もちろん、その間なら、自分で出国、帰国時期を決めていい。それに一か所に留まってもいいし、複数の国を訪ねていい事になっている。



 そう、だから忙しいんだ俺たちは。すごく忙しい。

 だから、美影の事だけ考える暇はこれからもっとなくなっていく。

 そうして、時間がきっと、俺たちの関係を緩やかによりいい方向に導いてくれる、はず、だ。



(……………顔が見たい)



 おっと、デッサン用紙に雫が落ちてきた。

 どうやら、雨が降ってきたみたいだ。引き上げよう。











「なあ、菜乃。いいだろ。昔馴染みの縁で笹田美影を譲ってくれよ!」

「はいはい。お腹空いたんですねー。いっぱい食べて、締めはパフェよパフェ。さつまいもと栗とかぼちゃのパフェを食べに行くわよ!」



 菜乃は合わせた両手をまるで武器のように突き出して、深く頭を下げる昔馴染みで同業の、身だしなみよし、日本人特有の塩顔、清涼感あふれる男性、穂波朝喜ほなみ あさきに、内心辟易していた。



(ガッツがあるのはいいんだけど、しつこすぎる)



 笹田美影は世界進出できる逸材だ。俺の手で成し遂げて見せるから。


 

 会社を追い出された事も拍車がかかっているのだろう。

 別に何か不正を行ったわけではない。ただ、会社の社長のやり方とそりが合わなかっただけらしい。

 それでも追い出された事実は変わらない。



 見返したいのだ、きっと。

 迷惑千万な事に、断っても、断っても、断っても、頼みに来る。

 今はまだ、雇用主である私に断りを入れてくる段階だから、いい、としても。

 もしも、美影に直接接触しようとするなら、



(昔馴染みだからと言って、看過できないわよね)



 場所を移して、酔っ払いが占める居酒屋に来て、キムチ鍋を食べ終えて、パフェに手を伸ばしている私は、お酒と甘味をもってしても、気分を高揚させる事はできなかった。



「菜乃。おまえは笹田美影の可能性を潰している」

「あのね。あんた。私たちを過大評価しすぎ。そして、美影たちを過小評価しすぎ。したい事があるなら言っている。それを補佐するのが私たちの役目でしょ。引っ張る事じゃないのよ」

「だから、おまえが提示してないだけだろ。可能性を知らなければ、言う事も叶わないだろうが」

「可能性はいっぱい広がってる。でも、美影は今を望んでいるのよ。だから諦めてちょうだい」

「…独り占めする気か?」



(…こいつ)



 話がまるで通じない。



「……あんた、今、時間あるでしょ。私に付き合ってちょうだい」

「……」



 パフェ食べなさいよ。

 若干溶けかかっているアイスを掬って、口に運んだ。

 さつまいもの味がして、わあ珍しいと、心をときめかせたいのに、できなかった。



(もう、美影を翻弄したくないのに、)








(2020.4.30)




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