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矢印な彼と消しゴムなあいつ  作者: 藤泉都理
大学1年生 8月編
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導きの/ほおずき

 走る。走る。走る。

 朝日を背に、汗玉も筋肉の悲鳴さえ無視して走って、辿り着いたのは、神社。


「すいませーん!!呪いを解いてください!!」


 息を整えずに、前に立ちはだかる石段を駆け走り、紅の鳥居を潜り抜け、窓口へと突進。境内を箒で掃いている巫女さんにそう願い出た。


「そんなに目ぇ真っ赤にさせてどうしたん?」


 三人いる内の一人、巫女さんが話しかけて来たかと思えば、大学で同じ班になった駒田奈古だった。俺は彼女に、もう一度同じ事を願い出た。



 莫迦な事をしているとはわかっているが。

 男の俺が女に恋慕の情を抱けない原因が思い当たらない以上、遺伝子上の問題だって受け止めるしかない。

 そう、諦められないから。


(諦められるわけないだろうが!!)




「……女を恋の対象として見られない呪い、なぁ」



 とりあえず他のお客さんに迷惑だと、駒田に社務所へと引っ張り込まれた俺。畳の上に問答無用で正座にさせられ、どんな呪いだと問い詰められ、目は真っ直ぐに、けれど歯切れ悪く答えた。それに対し、駒田は馬鹿かと揶揄することもなく真面目な顔で目の前に立ったまま、ふむと、顎に手を添えた。



「昔なんかあったとか?」

「思い当たらねえし、母親に訊いたけど、やっぱ何もなかったって」

「何が嫌なんや?」

「……柔らかいとこ、だと思う。たぶん」



 抽象的過ぎるかとも思ったが、自分でも具体的に何が嫌なのかわかっていない。

 ただ、男が大丈夫で女が無理なのは何故かを考えた時、その違いを突き詰めればいいと思い、そして男と女の違いと言えば、身体の外見上、固いか柔らかいかではないかと思っただけだ。



「じゃあ、筋肉マッチョな女は大丈夫なんか?」

「……いや、だめ」



 そもそも同じような体形の男でもだめなのに、黒テカリで筋肉ムキムキの女性を想像したのがいけなかったのか。やはり女だからだめなのか。心の中で無理ですと土下座をした。



「母親が嫌いとか?」

「それはない」


 迷惑を被ること多々あるが、それは違うとキッパリ断言する。


「女になりたい願望とか?」

「もない」

「…抱かれたい?」

「おう」


 恥も外聞もあったもんじゃないなと片隅で思う。

 同じチーム、これから四年間一緒に行動をする事が多い友達にこんなカミングアウトするなんて、気まずくなるのではと思わないわけではない。

 それでも。

 切羽詰まっているのもあるが、駒田が真剣に受け止めてくれるからでもある。

 包み隠さず話そうと腹を括ったのは。



「抱かれた経験は?」

「ない」

「…一回経験したら、なんか変わるかもな」

「……やっぱ、そう思うか?」



 考えない事はなかった。

 一度現実を知れば。

 もしかしたら、男が嫌になるかもしれない。

 そのまま、男に病みつきになるかもしれない。



 美影を、



(…美影を諦めるのかもしれない)



 いいかもしれないと思った相手に美影を投影すれば抱かれられる。

 と思った事は確かにある。

 が。


「まぁ、空井君には無理やな。ぞっこんやし」

「そーなんだよなー」


 駒田の声質が明るいものになったと同時に、重苦しい空気が一変した。

 のは、いいの、だが。



「……俺の好きな相手、知ってんのか」



(いや、まあ。知っててもおかしくないか。高校の時、あんだけ好き好き連発してたし。俺と同じ学校のやつらから聞いてる可能性あるよな)



 美影が去って以来、佐之助やクラスメイト、美影と俺の仲を取り持とうとしてくれた女子たちは俺に気を使って話題を避けてくれていたくらいだ。だから違う高校の彼女に話すとしても、俺と近しい人物ではないとは確信していた。



「美影様やろ。うちもメッチャファンやねん」

「…様」


 

(そう、だよな)



 学校の文化祭の舞台でもあんなに輝いて、皆を魅了していたのだ。

 端役でも駒田のような熱烈なファンがいてもおかしくはない。

 おかしくはないの、だが。



(これからどんどん遠い存在に、なる、と、か)



 自分が足踏みしている間に。



「あ。それでな、うちがなんで空井君の好きな人が美影様かって知っているのは、原田君やかりんや園田君とか同じ高校の人に聞いたとかじゃなくてな」



 気落ちしている俺の気持ちを浮上させようとしているのか。

 先ほどよりも声を弾ませている駒田の発言に、じゃあどうやって知ったのかと疑問に思うと同時に俺の脳内に一筋の光が駆け走り、顔は一気に青ざめた。面白がった誰かによって、携帯とかパソコンとかを通じて日本と言わず全世界に発信されてのだと答えを打ち出したのだ。



(恥だ。恥じ過ぎる。この世界にプライベートや肖像権なんてもはや存在しないんだ!)



 社務所内にあるスコップを借りて穴を掘って埋まりたい。



「あ。おねえちゃん」



(…おねえちゃんにも!?)



 この場から立ち去りたい即刻。

 高まっていた熱量が一気に冷えるも、呪いだなんだと吠えている現状に再びに熱が高まる。

 大学生になって常々強く思っていたが、猪を卒業しないいけないと、改めて決心する。


 

「まぁ、可愛い。全然好みじゃないけど」


 かなりなハスキーボイスなおねえさんですね、と顔を背けながら立ち上がろうとしたら。



「この子が美影に付きまとっていたお邪魔虫?」



 後ろ首に圧迫を受けたかと思えば、間近に迫るのは、大きくて真っ赤な唇と高い鼻と特に特徴のない目と紫の前髪。数拍して気付くのは、自分の身体が浮いているということ。

 どうやら目の前の女性に胸ぐらを掴まれて宙に浮かされているらしい。

 



「初めまして。菜乃なのと申します」


 何がこの女性の逆鱗に触れたのだろうか。

 どんどん締め付けられて息苦しくなっている状況に、この人も美影のファンで俺が付きまとっていたから気に食わないのだろうと結論付ける。

 と同時に。突然、手を離され、床に着いた足が数歩よろめいたところに、容赦なく塩を浴びせられる。あまり匂いがしない塩も大量だとそのしょっぱい匂いにむせ返ってしまう。つーか、鼻の中に入り込んでしまって痛い。



(つーかなんで俺、滝みたいに塩を浴びせられてんの!?)



 塩を払うことなく、怒涛の攻撃に目を白黒させながら、自分の頭三つ分ほど高い菜乃さんを見つめる。



「ん?呪いかけられてんでしょ?ああそれともまだ足りなかったかしら」



 にんまり。大きな唇の端をこれでもと上げながら、いつの間にやら右手と左手両方に塩袋を出現させている菜乃さんに、俺の頭の冷静な部分は失礼ながら金太郎さんみたいだと思ってしまった。



「おねえちゃん。意地悪しぃな」

「意地悪?まさか。私は真剣にこの子の呪いを解いてあげようと思ってるだけよ」

「ああもう。塩ももったいないやろ」

「別に」

「おねえちゃん」



 駒田が宥めようとしてくれている間も、菜乃さんはずっと親の仇を見ているに匹敵するほどの視線を射貫き続けた。









(2016.11.24)


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