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矢印な彼と消しゴムなあいつ  作者: 藤泉都理
高校2年生 6月編
13/37

蒼い梅の小雨に/心身が、津深と。




『好きだ』




 薫風のように居心地の良かったその言葉が、

 あの手紙を受け取ってからは、

 夏真っ盛りの太陽の日差しのように、

 その熱から逃げ出したいほどに

 居心地の悪いものへと変わってしまった。



「今じゃないだけましなのか」



 纏わりつく水分に息苦しさを覚えて辟易する季節。

 ぽつり、ぽつり、しとしとと。

 曇天の中、降って来る小雨を窓越しに眺めて。

 想いを馳せるのは、この雨の向こう側。


 カラカラに。

 水分を奪い取るくせに。

 ジリジリと。

 肌を焼き焦がすくせに。

 チカリと。

 一瞬間、針を刺すような痛みで視界を暗闇に満たしたかと思えば。

 グンッと。

 白雷の世界に引きずり込むくせに。

 消えてしまえと憎たらしく思うほどに。

 鬱陶しいだけなはずなのに。




 どうしてか。




 世界から壮快さを奪い去らなくて。

 それどころか。




「はら、減ったな」




 欲求によって、思考を中断させられたのか。

 理性によって、思考を中断させたのか。

 美影は欲するままに食べ物を口に運んで食べ続ける中。



『美影は普通なのよ』



 ふと、おばさんの声が聞こえて。

 視線を小雨から食べ物へと固定させた。








 梅雨の真っただ中に開催されるうちの六月の文化祭のテーマは創設以来一貫して「雨」であり、それにまつわる展示や飲食店、ライブ、劇を堪能した後は、キャンプファイヤーならぬ、ダンシングレイニーで幕を閉じる。

 濡れていい格好(専ら体操服)に着替えて雨の中に飛び込み、叫んだり、全力疾走したり、転げ回ったり、飛び跳ねたりと。

 まぁ、童心に帰るような事をしまくるわけである。

 その際の姿がちょっと狂気染みているのはご愛嬌と言う事で。




(村もそなたも護る為には、これしかないのだ)

(磐月はんげつ様)


 うお、美影カッケェェェ!!

 と、心の中で転げ回っている俺。



 実際には、腰をほんの少し浮かした状態で、目の前に立っている美影の腹辺りの着物を握りしめ、美影を一心に見つめている場面を演じている。

 ただ今、文化祭真っただ中で、劇を上演中。

 俺が女役で朝顔の浴衣を、美影が男役で岡っ引きの衣装を身に付けている。




 劇の内容は、まぁ、よくある類のもので。


 神の逆鱗に触れた村が雨に襲われる事態になって、俺が演じる小夜さよが生贄として選ばれるわけだが、美影演じる恋人である奉行所の磐月がそうさせまいと、神を討とうとするが…。で始まって。うんたらかんたら。

 神を討つ事に成功した磐月だったが、それは己の命と引き替えだった。

 恋人の死に絶望を抱いた小夜は彼の後を追って自ら命を絶つ。

 折り重なった二人の身体からは血が地面にしとどに流れ落ち、辺り一面を紅く染めたかと思えば、二人の遺体は地面の中へと沈んで行った。



 辿り着いたのは紅の雨が降る世界。

 生き返るのか。はたまた死んだままなのか。

 生き返ったとして、それは奇跡なのか、罰なのか。

 は。観客にお任せします。の消化不良の劇である。






(つーか。美影本当にスゲーな)


 練習中から抱いていた感想は募る一方で。

 女優である母が演劇界へと誘うのも頷けるくらい、観客も同じく演じている俺たちさえも、脚本の世界へと誘うのだ。

 いや、誘うなんて生易しいものではなく。

 引きずり込む。の方が正しい。


(ファンが増えるだろうな)


 嘆息一つ。けれどそれの何十倍も誇らしいし、嬉しい。


(あなたがいない世界なんて…)


 劇の佳境。雲の切れ間から日差しが降り注ぐ中、目の前に横たわる傷だらけの磐月の冷たい頬に手を添えたまま、小夜は六回口を動かして、小刀で己の心臓を突き刺した。




「………」


 垂れ幕が下りて午前の部の劇が完全に終了すると、俺は隣にいた美影に向かい合った。

 美影は眉根を寄せただけで何も言わず、ポケットからポケットティッシュを、さらにそこからティッシュを一枚取り出して、俺の目元に押し付けた。

 途端、しとしとと弱く流れていた涙が、相撲の突っ張りのように、ぶわりと流れ落ちた。


「毎回飽きもせずによく泣くな」


 ティッシュを強請る俺に、美影は呆れながらもティッシュを渡してくれた。

 俺はありがと、と言って受け取って、思う存分に涙を流し落した後、ニッと口の端を上げて美影を見上げた。



「好きだ」



 これまで口にしてきた告白は、恋文を渡した時から変化をもたらした。

 自分にも。

 そして美影にも。

 自分にとっての変化と言えば。

 今迄の告白を風と例えるなら。

 今は雨と言ったところかと、自己分析する。



「好きだ」



 美影は無言で俺を見下げる。

 怒っているような、不機嫌なような。

 混乱しているような。

 まぁ、嬉しいと思っているわけではないのは確かで。



 それでも。



「なぁ。行こうぜ。のえるも待ってるだろうし」

「ああ」



 次の劇の上演は午後三時。

 約四時間の休憩時間も大いに楽しもうと。俺は美影の後ろに回って背中を押して、早く行こうと急かした。




 梅雨はまだ入ったばかり。


 しとしとと。地面を濡らし。

 どかどかと。生命を分け与えるそれは。

 うつうつと。心を曇らせる?

 うつらうつらと。微睡みを与える?




 それとも……









(2015.7.10)



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