悪魔
秋元は悩んでいた。
今すぐこの場から逃げ出したい反面、抗いがたい誘惑に晒されているのだ。
彼の眼前には押し上げられた白い布地、制服のブラウス越しに会長の豊かな
胸が迫っている。
(どうしてこんなことに)
俺は動転しながらも、今日のことを思い返す。
あのカラオケボックスの翌日、何事も無かったかのように会長は振舞って
いた。江崎や妹も同様だ。
相変わらず、クラスの中心で、華やかなオーラを纏って過ごしている。
それを横目に見つつ、昨日の出来事は白昼夢かと思い始めた。そんな矢先、
会長はすれ違いざまこう囁いたのだ。
「放課後、生徒会予備室で待ってる」
あまりにも、自然に、そしてさりげなく。
俺以外に気づいた者はおらず、会長が席に戻るや否や、担任のホームルー
ムが始まった。
内容は、夏休み中に校則を破った者が処分されたこと、明日からの体育祭
への準備などだった。
しかし全くの上の空で会長を見つめていた。
俺からみて窓側のその席は、強烈な晩夏の夕日が差し込み、逆光でどんな
表情も読み取れはしなかった。
のこのこと予備室に現れた俺は、たっぷり1時間は待った挙句、今こうし
て窓を背に追い詰められている。
「返事を聞かせて?」
目線を上げると会長のはにかんだ笑顔が映る。目は笑ってない。
「おっしゃる意味を理解しかねます」
思わず敬語になってしまう。我ながら情けない。
「そう、じゃあもう1度だけ」
「私の彼氏になって欲しいの」
フリーズ。
念のため、補足すると、俺は顔だけなら標準らしい。評価者が飛びぬけて
可愛いと評判の妹によるものなので、多少怪しいが。恨むとすれば、平凡な
母親に似た自分と美形な父親の遺伝子を濃く受け継いだ妹、運命のイジワル
を嘆くしかない。
だがそれ以外はことごとく、ブービー賞。勉強だめ、運動だめ、性格だめ。
そんな逆トップ争いの常連なのだ。
「ど、どうして……」
「その方が都合がいいの」
すさまじいことをさらりと言われた。
「もし嫌だと言ったら?」
「大声をあげて助けを求めるわ」
明日3/18午後8時10分次回予定