六郎
「さてこうして物語は始まりを迎えた」
「もちろん彼にとってそれは日常の1コマであり、驚きはしたが深刻には捉えていなかった。ことの重大性を見落としてしまったのもいたしかたないだろう」
「おっと自己紹介が遅れてしまった、どうか非礼を許してほしい」
「私の名は、岡島六郎と言う」
「親しみを込めて、ロックと呼んでもらって構わない」
「もちろん、この名前に意味などない、ただ呼び名がないとお互いが困ると思ったのだよ」
「さて、あなたは『プロスペクト理論』なるものをご存じだろうか」
「人間の意思決定のモデルの1つであり、詳しい説明は省くが次のようなたとえ話がある」
「あなたがある日、1万円を拾ったとする。ところが家に帰ってみると今度はその1万円を落としてしまっていた」
「あなたは少なからずがっかりはしないだろうか」
「拾う前の気持ちと失くしてしまった後の気持ちを比べると後者が明らかに沈んでいるのではないのだろうか」
「ところが、金額だけみると、+1万円されたあと-1万円されたので、トータル+-0となり損も得もしていないのである」
「つまり、人間というのは同等のものを得るのと失うのでは失う悲しみのほうが重いということだ」
「もうひとつたとえ話をしよう」
「ある人物が将来についてAという道か、Bという道か悩んでいたとする」
「悩む、ということは彼にとってAもBもどちらも同じくらい大切だということだ」
「仮にAを選んだとする、するとBは選べない、つまり失うこととなる」
「同じものに対す感情は、得るより失うほうが強いのだから、必ず後悔してしまう」
「自分の未来にとって良いほうを選んだつもりでも、必ず後悔するとは、人間は不自由な存在だと思わないだろうか」
「そもそも、神でもない人間が未来を予想しようなど、それ自体が分をわきまえない傲慢とも言える」
「つい長話をしてしまった、機会があれば、また会おう」