木偶
イレギュラー投稿
「用事って何?」
「妹の事なんだが」
「ひょっとして柿崎先輩とのこと?」
相変わらず勘が鋭い。
「話が早くて助かる、どんな人か教えてくれないか」
「いいよ」
「柔道部前主将で成績優秀、人望も厚く、将来のオリンピック代表選手とまで期待されていた人」
なんだ完璧超人かよ、死にたくなるな。
「妙に引っかかる言い方だな。何か不審な点でも?」
「一度だけ変な噂を聞いたことがある」
「どんな噂なんだ」
こちらをチラリと見てから江崎は言葉を続ける。
「集団暴行事件に加担しているのを見たっていう子がいたらしい。もちろん誰も信じなかったけど」
「結局それについて詳しい情報は一切出てこなかったし、先輩の振舞いもいつも通りだった」
「ふむ」
「だから他人の空似か、誰かが先輩を陥れようとした嘘ってことで落ち着いたの」
「だけど……」
俺は黙って続きを促した。
「柿崎先輩、高校最後のインハイ出場せずに引退したんだ」
「それまたどうして」
「無茶なトレーニングによる疲労骨折」
「骨折の時もみんなと普段通り接していたけど、ひどく危なっかしくみえた」
なんとなく察しながら聞いてみる。
「それから?」
「例の噂が流れたのは、その前後」
心がザワつく。
なにかイヤな予感がする。
「先輩、最後のインハイ期待されてたの。冗談抜きで全国優勝を」
「だからヤケになったとしても納得できる」
これは用心して調べたほうが良さそうだ。
同時に俺はあることに気づいた。
「お前の場合はどうなんだ」
「へ?私?」
江崎も同じく全国レベルの選手だ。今年の大会では昨年優勝者と二回戦でぶつかり、惜敗している。
しかも相手はそのあと二連覇を達成したとのこと。
唯一苦戦した相手が江崎だったと聞いている。
「なに、心配してくれてんの?」
いたずらっぽく俺の顔を覗き込む。
「ちげーよ、ゴリラでも勝てない相手がいるなんて信じられないだけだ。相手はゴジラだったのか?」
「ひどーい、また昔みたいに練習付き合ってもらうよ」
「そいつは勘弁」
あれは練習相手なんて上等なものじゃない。
木偶人形や人間サンドバッグ、新技実験マシーンと呼んだ方が正確だ。
「今日はありがとな」
「どういたしまして」
そう言って笑った彼女は昔のままだった。
すっかりあたりは暗くなっている。
「バイバイ」
「ああ、また明日」
帰り際、「お前、可愛くなったな」と言おうか迷ったが、やっぱり止めておいた。
次回投稿日時未定




