Pan cake
「着いたよ。どこいる?」
孝介とは十二時半に南改札で待ち合わせている。今は十五分。いつも焦りすぎて一時間ほど早く到着する癖のある私にしては珍しい。
「俺も今着いた」
やたらと返信が早い。半年ぶりだからって張り切り過ぎだ。もしかして待たせている思いをさせたくなくて実はずっと前から着いていたのかもしれない。孝介も初めての彼女だからって、そこまで気を使わなくてもいいのに。可愛いものだ。さて、彼は近くにいるはず…あれ、どこだ。見当たらない。
「どこいる?中央改札と間違えてない?」
南改札と中央改札を間違えていないだろか。中央改札はその名前に反して改札口が四つしかない。名前負けにも程がある。きっとこれの中央というのは物事の中心、という意味での中央ではなく、ただ、駅の中央にあるから中央改札ということに違いない。実際、南口は直接出口につながっているから、そちらのほうが利用者は多い。改札口も11ある。素数だ。
「え、南改札いるよ」
なるほど。これはあれだ。文字、せいぜい音声でしか意思を通達する手段がないことに隔靴掻痒の思いを抱く事象だ。こういう時は、文字で周りの様子を描写することで、現在地の写真を送ることに代えるのが常識的な判断だ。
「きっぷの販売機の前にいるけど」
当改札にきっぷ販売機は一箇所のみしかない。これで居場所は一つに限定できるはずだ。よし、落着。これからお昼ご飯代わりにアホみたいにクリームの乗った女子力とカロリーの権化ともいえるPan cake☆とやらを食べるらしい。ちなみにパンはポルトガル語由来で、Paoと綴るらしいが、そもそもパンケーキのパンはメロンパンやクリームパンのパンではなくて、フライパンのパンに由来するようだ。
「どっちの?」
どっちの?おかしい。販売機は一つしかない。そろそろ募ってくるものがある。いかんいかん、私とこういう関係になってくれたことには、それなりに感謝しているのだ。それに向こうも似たような気分になっているやもしれない。
「もしかして」
これは孝介のセリフだ。こういう面倒な状況だから、何か心当たりがあれば遠慮なくいってほしいものだ。
「またこれか」
「パラレルワールド」
冗談はよしこさん。どうツッコもうか逡巡すること須臾、向こうから矢継ぎ早に返信が来た。
「最近、こういうことが時々あって」
「あるんだ。出席したはずの授業に欠席になってたり、買ったはずの食材が消えてたり」
「どうやら起床した時点でどちらの世界で一日を過ごすか、決まるらしい。夢と現実のどちらかを生きるって言ってもいいかな。」
「もっとも、今はどっちが夢でどっちが現実か、分からないくらいなんだけどね。」
「どうやらこっちの世界の君はお留守らしい。ちょっと前まではいつもの世界で過ごすことも多かったから、今日も会えるかなって思ったんだけどね。」
信じられるだろうか。いや、孝介は嘘などつかないし、ついても分かる。「ちょっと前まではいつもの世界で過ごすことも多かった」。このセリフがだんだんこちらの世界から離れていることを暗示しているように見えた。それでも私は半信半疑だ。だってそうだろう。常識ではありえないし、突然すぎる。それでも、涙を浮かべている私の姿が、そこにはあった。意味が分からない。常套句過ぎて重みが伝わらないが、意味が分からない。そんな私のことを隅において、携帯が震えた。
「寂しいよ」




