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「コーヒーでいい?」

「なんでもいいよぉ」

「なんでも…、ね」


 部屋の中からの声に肩を竦めて、インスタントコーヒーの瓶を捜す。

 が、空になっていた瓶を見つけて嘆息する。

 それが黒い謎の液体に変化したのは記憶に新しい。


「やっぱり紅茶にするわよ」

「レモンもつけてねぇ」

「無いわよ、この部屋にそんなもの」

「えぇー、風情とかわびさびの心とかがないんじゃない?」

「インスタントにそんなものを求めないで」


 ポットが湯気を噴くのをまってから、とぽとぽとカップに湯を注ぐ。

 紅茶のパックは先に真理亜のカップに入れ、次に自分のカップに入れる。真理亜が濃いのが好きで、狭霧は比較的薄い方が好きな為だ。

 ティーカップセットを乗せたお盆をもって部屋に入る。


「…なに?」


 テーブルにアゴを頬をあずけたまま、上目遣いに真理亜が狭霧を見上げている。


「いっぱい、ついてるね」

「ん?」


 お盆をテーブルの上に置きながら、真理亜の見ていた部分らしき場所をつまむ。

 点々と蛍光灯の明かりに照らし出された血の跡。


「洗濯が大変そうね」

「クリーニング屋さんにだしたら、すごいびっくりするねぇ」

「さすがにだせないわよ」


 頬をまだテーブルに載せたままの真理亜に会わせて狭霧も同じようにテーブルの上に頬を乗せて、コツンと額を真理亜にあてる。


「辻斬りさんと会ってたの?」

「まぁ…ね」


 正直に答えた。


「ばか…」

「ごめん…」

「いーよ。いーよ、狭霧の好きにすればいーのさっ。可哀想なあたしは一人寂しく孤独に生きるのさっ」

「口調が全然可哀想じゃないわよ」

「あー、そんな事言う? 人の誕生日におめでとうすら言わないで辻斬りさんと会って人をやきもちさせてる薄情者が」

「…あ、誕生日」


 時計を見る。誕生日であった日の境界線をとっくに過ぎている。


「いーさ、いーさ。そのうち約束まで忘れちゃって、たくさん殺してお巡りさんに捕まっちゃえばいいのさ。ふんだ」

「忘れない。絶対に」

「信じてあげるけどねぇ」


 ぶちぶちと恨みがましく小さく色々と呟いているが、それほど本気で怒っている訳ではないようだ。

 誰も殺していないという言葉を信じてくれているのだろう。


「狭霧は怪我してないの?」

「全部返り血。もしかしたら痣くらいはできてるかもしれないけど、今はまだわかんない」

「そっか」

「それより何がいい?」

「んー? 何がぁ?」

「何って、誕生日プレゼント」

「…くれるの?」

「あげるっていったじゃない」


 言ってからつけたす。


「ちなみに私のカラダというのは却下」

「えええええぇ」


 本気で不満そうだった。


「ずるーい。それだったら」

「だったら?」

「カラダはいいから」

「いいから?」

「狭霧がいい」

「………」

「狭霧が欲しい」


 たぶん、本気の言葉。

 だけど、それが何を意味するのか、狭霧の頭の中で噛み合わない。


「言葉が欲しい。心が欲しい。視線が欲しい。やっぱりカラダも。何もかも」


 意識のはっきりしない、うなされた病人の言葉のように。


「欲しいのよ。狭霧。あなたが。特別なあなたが。あなたが望むならあたしのイノチなんていくらでももっていっていいのに。どうしてあなたをくれないの? ずっとずっと待ってるのに」


 それはまるで壊れたラジオ。断片化した言葉が耳を突き抜ける。


「ねぇ、真理亜。そんなに欲しいの?」

「うん」


 一瞬の間もなく返ってきた肯定の返事に狭霧は続ける。


「もしも…私が、狼でなくなったとしても?」

「…え?」


 ドンッと大きな音を立ててテーブルの上に何かがおかれた。

 それはホルダーに納められたままのナイフ。焼けた殺人鬼が使っていたもののレプリカ。


「殺せなかった。これからも殺せないきっと」

「あたしを? それとも――」


 狭霧の手が真理亜の手をとる。キョトンと首を傾げる真理亜に対して弱々しげに微笑む。

 そして、真理亜の手をコツンと額にあてる。

 下を向いたまま、真理亜を見ずに。

 まるで、罪を告白するような口調で。


「あなたを殺せない」

「どうして?」

「最初で最後。私が殺す最初の人、最初の犠牲者になる人。そして…最後の犠牲者となる人。でも、私は殺せない。だから、最初も最後もいない。約束は忘れない。約束を破らない。でも…約束を果たす事は出来ないの」


 真理亜の手を掴む手が震えていた。

 恐怖で。

 見捨てられてしまうかもしれない。

 それでも、一度口をついた言葉は止まらない。


「ずっと、あの人の欠落だけを追い求めていたの。でも、真理亜に出会ってどんどんと真理亜の存在が大きくなって。…違う、そうじゃない。出会った時から殺せるはずなかったんだ。誰にも受け入れられるはずのない私を受け入れてくれた時から、私はあなたを…」


 唇に人差し指が押し当てられる。

 それは掴んでいない方の真理亜の手。

 彼女は掴まれた方の手を解いて、両手で狭霧の頭を抱え込む。

 柔らかな胸に頭を押し当てられた狭霧は抵抗せずなすがままに任せた。


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