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 勢いよく吹き出す水が、髪の隙間に染み込んでいく。

 頭を上げると肌と髪を伝って落ちた水滴が服を濡らしたが、そんな事は気にもとめずタオルで髪を乱暴に拭く。


「効果は?」

「いまいち」


 真理亜の問いかけにあまり気の乗らない返事を返す。

 緩慢な仕草で髪を手で整える。

 学校内で水飲み場はいくつもあるが、体育館裏にはあまり人は来ない。放課後になると逆にここがもっとも人の集まる場所になるが。

 残す受業が後一つともなれば、二人の他に誰もいなくても不思議ではない。

 教室からはやや遠回りであり、水を被りたいならもっと近い場所はいくらでもあるのだが、狭霧の場合は人の目がある所では何かと揉める事が多いのでここを良く利用する。


「ねむ…」

「ほんっきで眠そーだねぇ」

「実際、眠いの。授業サボって寝ようとすると、起こされて連れ戻されるし」

「サボろうとする方が悪い」

「真理亜だってたまに授業中寝てるけど、起こされないじゃない」

「えー、だってあたしは狭霧と違って真面目だもん。ちょっと位はお目こぼしがあってもいいじゃない」

「私は不真面目なんだ?」

「真面目な人はちゃんと毎日全部の授業を受けてるのっ」


 狭霧は肩を竦めつつタオルを折って、乾かす為に校舎の窓についてある横向きの格子に引っかけておく。帰る頃には乾いているだろう。


「興味ないから」

「授業?」

「うん」

「…あんまり学生の内から勉強そのものに興味がある人っていないと思うよー。大人になってからは知らないけど」

「そうだんだ?」

「だって、父さんなんて事ある毎に学生の時に勉強しておけば良かった、なんて口癖になってるしぃ。似たような事みんな言ってない?」

「大人になれば…か」

「今は子供だからやんないってのはなしだからねっ」

「…ケチ」

「ケチでいいもんっ」


 溜息をついて、それにあわせるかのように狭霧の体がぐらっと揺れる。


「ほんとーに大丈夫? なんかここんとこ変だよ? いっつも眠そうにしてるじゃない。それにさっきだって。サボリは常習者だけど、授業中だって結局半分寝てたじゃない」

「大丈夫だって。最低限の睡眠はとれるように帰ってるし…て、あれ」


 しまった、と口元を押さえてもすでに手遅れ。

 ふー、と威嚇する猫のような低いうなり声をたてながら、きりきりと真理亜の眉が吊り上がっていく。


「さーぎりちゃん?」

「…なんでしょう?」

「もしかしてと思うけど…、まーた前みたいな事をしてるんじゃないよねぇ」

「えーと、その。あの」

「ねぇ? どーしたのぉ、返事はぁ?」


 にっこにっこと暴力的な微笑みを浮かべて顔を近づける。


「ちゃんと『約束』は破ってない…よ、ね?」

「で? また夜に出歩いているの? それも昨日だけの話じゃないよね?」


 まずい、本気で怒ってる。

 彼女は一度怒らすと執念深い。

 面倒な事になったと思いながら、狭霧は心の中でこの状況からの打開策を模索する。

 結果。


「あー、逃げたーっ!!」


 遁走。ふいをついて逃げ出した。

 まだ乾ききっていない髪が重たげに跳ねている。


「まてーっ!!」


 その後ろを少し遅れて真理亜が追いかける。

 追いかけっこがはじまった。



---------------------------------------------------------



 膝に手をおいて、はぁはぁっと荒い息をつく。


「たくっ、なんでみかけはトロそうなのにあんなに無駄に体力あるんだろ」


 校舎の裏に回ると見せかけて窓から廊下に隠れたのだが、どうやらフェイントは成功したらしい。

 追ってくる気配はない。

 肩を落として昇降口へ出て、上履きに履き替える。


「て、どっちにしても教室に戻ったら顔を合わせるんだけどね」


 下駄箱の前で額を押さえる。

 いっその事サボるか?

 いや、それだとさらに真理亜の怒りが恐い。

 どうするか迷っているとよく通る声が耳に届いた。


「キチガイ」


 顔を向けず、視線だけをそちらに送る。

 女子の集団が足を止めず、下駄箱脇を通りすぎながらも視線をこちらに向けて囁きあっている。

 恐らくさっき聞こえたのはわざと聞こえるように言ったからだろう。

 険のある眼差しがそういっている。


「高校なんてこなけりゃいいのに」

「とち狂って刃物振り回したらどうするのよね。この学校って金払ったら誰でも入学できるのかな」

「中学で散々噂になっていたのに」


 狭霧はそちらの方に目を向ける事すらせず、通りすぎるのを待つ。

 良くある事だし、言われるような事をしてきた。

 腹を立てる筋合いもない。

 しかし、悲鳴のような小さな声が聞こえて、怪訝な表情で思わずそちらを見てしまった。

 女子生徒達は、狭霧の前にある下駄箱の裏側にある何かを見て驚いている…というよりは何か気まずそうな表情をしている。

 そして、一人が小走りに消えていき、それに他の仲間が続く。

 狭霧は訳が分らず首を傾げるしかない。

 誰かがいるの?

 そう思って下駄箱の裏に回る。


「やぁ、早く戻らないとチャイムがなるよ」


 邪気はないが特に理由も見当たらない笑顔を浮かべて彼はそこにいた。

 さっきの授業中に目があったクラスメイト。


「筒井…」


 特に仲が良かった訳でも悪かった訳でもないその男子生徒を前にして狭霧は視線をそらした。

 その事に気を悪くした風でもなく彼はいった。


「羨ましいんだろうね」

「誰が? 何について?」

「彼女達が。君について」

「そう? だとしたら随分と一般人とずれた感覚だと思うけど?」

「光栄だね。君にそう言ってもらえるなんて」


 邪気のない笑顔。その瞳に微かに揺れる濃い色彩。

 狭霧の視界にある彼の姿に重なるもう一つのイメージ。

 無数にひび割れ欠けたモノ。


「変な事言ってると女子の人気が落ちるよ。せっかくモテるんだから」

「興味ないね、あんなくだらない連中なんて。獲物としては別だけどね」


 獲物、その言葉に眉を潜める。


「ねぇ、どうして逃げたの?」

「何の話?」

「いたんだろ? 昨日の夜」

「…何?」

「とぼけてるの? でも、君はいたはずだよ。あの時。絶対に」

「随分と…自信がある口調だけど」

「あぁ、だってそうに決まってるから。今までもこれからも、全てが僕の思い通りに動くのさ」

「とんだ、誇大妄想ね」

「妄想…いいね。だとしたら僕らは妄想の中で生きてるんだ」

「願い下げ。でも、だとしたら誰の妄想なの?」

「さて、僕かな? 君かな? それとも…あの人かな?」


 瞬間、空気が冷えた。



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