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「探しているの」


 返る道すがらぽつりと漏らした呟き。

 それを耳にして真理亜は足を止めた。

 しばしの間を挟んで、それが10分くらい前に発した問いの返答だと気付く。


「辻斬りさん?」

「たぶん、違う。探しているのは…私自身よ」

「ふうん」

「真理亜に会う事もなく、きっと今も何かを殺そうとしている私」

「それが、『なぜ夜に出歩くの?』の答え?」

「ええ」

「辻斬りさんは…鏡?」

「そうね、彼はもう一人の私なのかも知れない。真理亜に出会う事なく今に至った私」


 彼…ね。

 真理亜は心中でそっと呟く。

 脳裏に浮かんだのは一人のクラスメイト。

 もう一人の狼。

 彼女の欲する狼と似て非なる存在。


「だから、これからも?」

「…ごめん」

「………」

「真理亜。私はね、弱い人間なの。誘惑に弱く、欲望に負ける人間なの」

「…自慢にならないよ」

「一番は間違いなく真理亜。これは確かよ。でも…」


 前髪を持ち上げるように、真理亜の手のひらが狭霧の額に吸い付く。

 一瞬、ひんやりとした感触の後、微かに体温が伝わってくる。


「もういいよ、無理しなくても。でも、これだけは忘れちゃいやだよぉ。あたしはずっとそばにいる。そして、ずっと狭霧を信じて待ってるって事」


 存在しないはずの音が耳を打つ。

 変化しつつある何か。

 真理亜から感じるそれを前にして狭霧は無言で頷くしかなかった。



---------------------------------------------------------



 電話のベルに玄関のドアの取っ手から手を離す。

 これから出ようとしてるのを引き止めるようなタイミング。

 真理亜?

 しばし躊躇の後、一度履いた靴を脱いで玄関を上がって受話器を取る。

 また、時間稼ぎをして足止めする気だろうか?

 もしもそうならつき合う気でいた。

 悪いのは真理亜を不安にさせている自分なのだ。

 このくらいのイヤガラセなら甘んじて受けるべきだ。

 だが、液晶ディスプレイの表示は見たことのない番号だ。

 真理亜からなら電話に登録してあるので、名前が出るはずだ。

 首を傾げながら受話器を耳にあてて第一声を聞いた時、眉が一瞬ピクリと跳ね上がった。


「何の用?」


 斬りつけるような言葉。

 その鋭さは相手にも伝わっているだろうに、それに気付かないかのように声の調子は明るい。

 目に映るようだ。

 張りついたような仮面の笑顔が。

 電話の相手は一方的に場所を告げてくる。

 時間を告げてこないのはまっすぐ来いという事だろう。


「別に行ってあげる義理はないわよね?」


 疑問符が付くか付かないかぐらいの響きで返すと、相手はクスッと笑って。


『待ってるよ、嶺本さん』


 そう言って返事をする前に電話を切ってしまった。

 ため息をついて受話器を下ろす。

 さて、どうしようか。

 考えるまでもない。

 無視したところで学校では何度でも顔を合せるのだ。

 逃げたところでなんの意味がある。

 一端脱いだ靴を履きなおして、玄関のドアを開けて外にでる。

 ドアの鍵を閉める。ふと、やけに明るいのに気付く。

 満月に満たない月が空にぽつんと張り付いている。

 雲がないからこんなに明るいのか。

 それとも満ち足りないからこそ輝けるのだろうか。


「くだらない…」


 何に対してそう言ったのか。

 それは狭霧自身にも分からない。



---------------------------------------------------------



「おい、あれ」

「なんだよ、こんな時に女なんかに目むけてんじゃねぇよ」


 相棒に引っ張られた袖を彼は振り払った。

 指差す方に目を向けると車道を挟んで反対側の歩道を自分達と同じ年頃ぐらいの少女が歩いている。

 もう時間は深夜といっていい。人気がまだかろうじてあるとはいえ、一人歩きは誉められたものではない。

 いつものごとく、人のいない場所まで引っ張っていってヤッてしまおうと、そういう事か?

 面倒な…。

 いつもなら、何をおいても女を優先していただろうが、今はそれよりも辻斬りの事で頭が一杯だ。

 ここら一帯で睨みをきかせている不良グループとしては、なんとしてもメンツを保ちたい所ではあるし、何よりもこう何日もピリピリした空気が続くのもたまらない。

 早く辻斬りを見つけだしてぶちのめさない事には気が落ち着かない。

 ひょっとして見つけたら本当に殺しかねないかもしれないが、彼等はもう気にしない。

 自分達が捕まる覚悟があるのなら問題ではない。

 弱者がどうなろうと強者はかまいはしないのだ。

 だが、弱者になるつもりはない。

 その為には勝ち続けなければならない。


「女にツッコミたいならさっさと今の件にケリをつけて…」

「女だよ」

「だから、女に」

「あの女だよ」


 袖を引っ張られた方が目をしばたかせてもう一度、相棒が見ている方に目を向ける。

 目をすがめ、それでも疑問に首を傾げていたが、ようやく相棒の言った意味に気付く。


「あん時のっ!?」


 そう、そこにいるのは彼等が堤防で辻斬りから逃げ出した時に会った女だ。

 遠目だが間違いないだろう。

 ご丁寧に服まで同じだ。


「…おい」

「ああ」


 片方が肘で脇腹をつつくと、もう片方が携帯電話を操作する。


「見つかったぞ。…いや、違う。女の方だ。ああ、分ってる。もし、辻斬りの方が先に見つかったら連絡をくれ」


 いまだ電話で話しながら相棒に合図を送る。

 二人はうなずき会って、少女の歩いていったほうへ向かって小走りで追っていった。




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