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 カランカランッとドアベルの音が喫茶店内に響く。

 奥のテーブルを陣取っている少年達が一斉にドアの方へと目を向ける。視線に剣呑な光を乗せて。

 入って来たカップルらしき男女がビクッと体を震わせる。


「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」


 逃げられる前にとウェイターが前に出て入り口付近の席へと案内すると、カップルはしぶしぶといった感じで席についた。

 さっきからずっとこんな感じだ。

 タイミングが遅れると入ってきた客が出ていってしまう。

 恨めしそうにウェイターは視線を奥に向けるが、少年達の一人と目があって慌てて厨房へと逃げていく。


「で、来るのかよ」

「知らん。携帯で聞けよ」

「昨日、あいつが叩き壊したろ。俺の分まで」

「物を大切にあつかえって親に習わなかったのかよ」

「本人の目の前で言えば?」

「やだね。で、誰と誰がいま情報集めてるんだ?」

「俺に聞くなよ。あいつに聞けよ。あいつが仕切ってるんだからな」

「だから、そいつが来てねぇって」


 彼等は元々、難しく考える事はしない。

 至ってシンプルに物事を考えるのだ。

 やられたらやり返す。

 だが、やり返す相手がどこの誰だか分からない場合は難しい。

 彼等のリーダーが一番頭に血が上っている為に、下の人間に大号令をかけて情報を集めているが、血が上がりすぎてその情報を仲間には公開していない。

 もっとも、冷静であったとしても公開などしたかどうか。


「なぁ」

「ん?」

「見つけてどうするんだろうな?」

「どうするって」


 言われて、言った当人以外が顔を見合わせる。


「そりゃ、お前」

「借りを返すんだろ?」


 辻斬りにやられたのはリーダー格の少年だけではない。

 その場にいた全員が大なり小なりの怪我を負っている。

 中には医者に安静と言われているのを無視してこの場にいるものもいる。


「借りを返すって簡単に言うけどな。相手は間違いなくキチガイだぞ?」


 少年達がシンと静まる。

 そう。確かにそうだ。

 彼等も刃物を使う事もある。

 実際に人を切ったり突いたりした事のある奴もいる。

 だが、少なくとも人間に対して。

 いや、生物に対してそれを振るうのに躊躇や恐怖というのはどうしてもつきまとうし、また喧嘩で相手に使われた時にもそういう気配を感じる。

 だが、あの日、あの夜。

 あの辻斬りは違った。

 躊躇どころかまるで小学生の工作のごとく、嬉々としてその刃を振るっていた。

 まるで偶然が辻斬りに味方したように感じたのも、実はその雰囲気に飲み込まれてしまったからなのではないかと何人かは自分を納得させている。


「下手に手を出したら大けがするぞ。かといって俺等が全員でボコッったら、あいつのあのキレッぷりを考えたらマジで殺しかねねぇ。巻き添えで人殺しになるのはご免だぞ」

「じゃぁ、どうしろって言うんだよ。今更手を引くって言うのはナシなのは分かってるな? あのキチガイにやられたのは俺達全員なんだぜ」

「お前等はともかく、俺はその時いなかったから無関係なんだけどな。…しかし、めんどくせぇ。いつもの喧嘩のけじめならさらってボコってしまえば済む話なんだがな」

「さらうにしても相手が誰かもわからねぇんじゃ、こっちから出向く事もおびき出す事も出来ないしな」

「女の方はどうなんだ? 辻斬りと一緒にいたっていう」

「同じく手がかりなし。ま、当然だな」


 一人が無骨な金属製のシガレットケースからタバコを一本取り出してくわえて火を付ける。

 一息吸って煙りを吐いてケースのフタを閉じようとすると、中身がごっそりと減っている。5本?、6本?


「お前等な」

「ケチ臭い事言うな」

「そー、そー」


 ほぼ全員がタバコを加えて火をつける。一斉に煙りを吐き出すと一瞬だけ視界が悪くなる。

 それはまるで彼等が普段たむろしている地下のゲームセンターの空気に似ていた。そのせいかささくれだっていた空気が少し和らぐ。

 …他の客や店員からすれば、それでも近寄りがたい空気ではあったろうが。


「いっその事、昼間は捜すのやめにしたほうがいいかもな」

「ん?」

「夜捜しゃいいじゃん、て事だよ」

「やってるだろ?」

「いや、夜に専念する。辻斬り野郎は夜だけだろ? それにあんなキチガイが真面目に学校にいってるような奴だと思うか?」

「まぁ、そりゃそうだけどな」

「いい加減に長引かせてもクサクサするだけさ。下手するとそれのせいで最後までヤッちまう可能性だってあるからな」

「よく考えたら向こうもナイフなんて持ってるんだし、ヤッちまっても正当防衛…だっけか? それになるんじゃないのか?」

「どっちにしても面倒臭い事に変わりなんだろ」

「確かな」

「だいたい俺等が正当防衛って柄かよ」

「…それにアイツはいかにも優等生サマって感じだったしな」

「あん?」


 一人が眉を潜めて、今出た言葉を聞き返す。

 聞いた方の少年は辻斬りには会っていない。


「確か、みんな顔をよく覚えてないって話じゃなかったか?」

「顔はな。ただ、雰囲気つーか、なんつーかそんな感じだった…よな?」

「ああ」

「確か、そんな感じだった」


 一人を除いて、皆が頷きあう。

 だが、残った一人の呟きにも頷いてしまった。


「優等生が人を斬るかよ」


 またドアベルが鳴った。

 少年達の視線が集中する。


「やっと来やがった」


 少年達の何人かがやれやれといった風に息を吐いた。

 入って来たのは彼等のリーダーだった。



---------------------------------------------------------



 欠けた月が空に刺さっている。

 雲すらも裂いてあれはとても痛そうだ。

 欠けた破片はどこにいったのだろう?

 片づけないと怪我をしそうだ。

 そんな空想めいたとりとめのない事を空を見つめながら狭霧は考えていた。

 周りを行き交う人達が怪訝な表情で視線を向ける。

 当然だろう。

 駅前、改札を出てすぐの大通りのど真ん中でかれこれ1時間近くもそうしていれば気にもなる。

 辻斬りは筒井。

 そんな事は分かっている。

 彼が辻斬りを行う理由も本人の口から聞いた。

 ならば、なぜ自分は夜の闇と街の灯の中を歩くのだろう。

 もしかして、と狭霧は思う。

 真理亜との約束はすでに彼女の胸の内で知らず知らず軽く薄くなっているのか。

 違うと思いたい。

 だが、押さえられぬ想いがたしかにある。

 形容の出来ない何かが。

 かつて他人の欠落に魅入られ、そして”焼けた殺人鬼”に出会って自分の欠落を求めて…今は?

 周りを見渡せば、人ごみに紛れて見える欠落。

 確かにいる。

 確かに見える。

 彼等もまた自分と同じように殺人を欲しているのか。

 あるいは別の形の狂気を、歪みを、抱えているのか。

 だらんと力無く垂らしていた手が持ち上がり胸へと触れる。

 そして、衣擦れの音と共にキリキリ指先が布の上から胸に食い込んでいく。

 その痛みで微かに呼吸を乱しながらも力を込めていく。

 肉の痛みが心の痛みを癒していくのが分かる。

 何かでごまかさないと、心が保たない。

 いくつもの他人の欠落を見てきたが、いまだに自分自身の欠落が見て取れないなんて…。

 もしかして、本当は。

 欠落など自分にはありはしないのか?

 いや、そんなはずはない。

 あの殺人鬼は確かに言ったのだ。

 近いと。

 ならばないはずなどありえない。

 まだ、自分には見えないだけなのだ。

 だが、それならいつだ?

『まだ』なら『いつ』になれば見れる?

『どう』すれば見られる?

 …たぶん、と狭霧は思う。

 足りないのだ。

 何かが足りないのだ。

 見る為の何かが。

 だから、だからだから。

 だからだからだからだからだからだからだから。


 殺したい。


 たぶん、それが近道。

 いや、唯一の道かも知れない。

 越える事の出来ない一線。

 それを越えた時に初めて見てとれるのだ。

 そうに決まっている。


「出来るわけないじゃない」


 すぐ横を通り過ぎた数人が呟きを聞きとがめて怪訝そうに首を傾げるが、関わり合いになりたくないのか、すぐに目をそらして去っていく。

 だから誰も気付かない。

 そこにいる彼女がどんな闇を抱えているか。

 だけど、その闇に気付いた人がいる。

 闇ごと受け入れてくれた人がいる。

 その人が言ったのだ。


『そのかわり、約束して』

『あたしが最初で最後だよ』


 だから、最初が彼女だ。

 そして、彼女で最後だ。


「出来るわけないじゃない」


 繰り返す呟き。

 人だからか?

 それとも彼女だからか?

 それは狭霧自身にも分からなかった。

 改札前のポールの上に付けられた時計が周りに時を知らしめるメロディを響かせる。

 まるでそれが石の呪いを解く魔法であったかのように狭霧が動き出した。

 どこに行くつもりなのか?

 それは彼女自身にも分からない。



---------------------------------------------------------



 コール5回目

 デナイ

 コール6回目

 デナイ

 コール7回目

 デナイ

 浅い溜息と共に携帯電話を切る。

 液晶に写る相手の名前はサギリ。


「もう出ちゃってるかぁ」


 真理亜は恨めしそうに自室から窓の外を見る。

 街の灯のどこかにいるのだろう。彼女が。


「約束、やぶらないはずなんだけどなぁ」


 そんな言葉も空しく思える。

 だって彼女は応えてくれなかったから。

 だからといって不安にはなっても諦める気はない。

 あれはあたしのモノだから、誰にも渡さない。

 醜いエゴでもいい。

 最初で最後。

 特別になる為の約束。


「よしっ」


 部屋着から外出着に着替えて、携帯電話をポケットにねじ込む。

 玄関で靴を履き替えていると、母親に見咎められたが適当に言い訳して外に出た。

 どこを捜せばいいかは分からなかったが、一番始めに行く場所は決まっている。


「まだバスは残ってたよねぇ」


 確か前に狭霧の部屋へ行った時に時刻表で見た覚えがある。

 もっとも、こんな時間に向かうなんて思わなかったが。

 記憶の中の時刻表をたぐりながらバス亭へと向かった。



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