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 校舎一階の階段裏。唐突にやってきた彼女達の言っている事を狭霧は理解できず聞き返した。


「何の話?」


 とぼけている訳ではない。

 本当に意味が分からなかったのだ。

 もっとも、前振りも何もなく『あなたがやったんでしょう』では理解しろと言う方が無理というものである。

 おまけにそれを言ってきたのが、一昨日つっかかってきたユキのグループだ。

 何かをされた覚えはあっても、した覚えはまったくない。

 というか、そもそも昨日は学校を休んでいたのだ。

 どうしようがあるというのだろう。

 …そういえば。と、いまさらながらに狭霧はユキがいない事に気付いた。

 それからすぐに思い出す。

 朝礼で担任が言っていたではないか。怪我で入院していると。


「ユキの事よ」

「…だから何? 彼女は休みでしょ」

「男だって噂だけど…、本当はあんたが辻斬りなんでしょっ! あんたがやったんでしょっ!」


 脳裏に筒井の笑顔が一瞬浮かんだ。

 カチリと何かが切り替わる。

 床に座ったまま彼女達を見上げていた狭霧はゆらりと立ち上がる。

 特に脅した風でもないのに、皆がビクッと体を震わせる。

 そのくせ目だけは暗い敵意に満ちている。


「辻斬りが…どうしたの? 彼女は階段から落ちて怪我をしたって話だったよね」

「…階段から落ちて刺し傷なんてつくはずないでしょ」

「刺し傷?」


 グループの一人が狭霧の正面に立つ。


「ユキが入院した病院って、あたしの叔父が勤めてるの。だから昨日の夜、ユキの怪我の具合を聞いたら全身刺し傷だらけで、一時は命も危なかったって」

「じゃぁ、階段から落ちたって言うのは?」

「知らないわよっ! でも、たぶん…ユキが見つかったのがヤバイ企業とかが入ってるビルの中だって言ってたから」

「ヤバイ?」

「ヤクザとかの息がかかっているようなのとか」


 恐らくは外聞を気にして…か。

 だが、それは理解できても納得出来ない事がある。


「なぜ、それが私のせいになるの?」


 無論それは辻斬りと狭霧をイコールで結んでいるからであろうが、彼女達の様子から他に何か要因があるような気がする。


「一昨日の夜、ユキは筒井君の後をついていったのよ」

「ごめん。何の話?」

「だからっ、一昨日の夜。塾の帰りに筒井君を見かけてユキがその後についていったっていってるのよっ!!」


 ダンッダンッっと苛立たしそうに足を踏み鳴らす。

 もっとも、それに狭霧は眉一つ動かさない。

 そして、内心で結論づける。


 ついていった挙げ句、彼女は奴の餌食になった、か…。


「…で、それがどうして私のせいに?」

「とぼけないでよっ。筒井君を取られまいと思ってユキを殺そうとしたんでしょっ!!」


 無茶苦茶である。

 なんの根拠にもならないそれを彼女達は絶対無二の真実にしてしまっている。

 話にならない。

 諦めと共に狭霧は一歩踏み出した。

 ビクッと脅えた空気が狭霧の周りを包む。


「な、なによ」

「別に。邪魔だからどいてくれる?」


 傍目にもはっきりと分る虚勢ながら、狭霧の前にグループ達が立ちふさがる。


「どこいくのよ」

「まだ話は終わってない」


 狭霧はそれには応えず、全員の顔を一人ずつ確認してから静かに言った。


「…は誰?」

「え?」


 聞き取れず聞き返した声に対してもう一度繰り返す。


「彼女の次は、誰?」


 一番近い相手の瞳を覗き込むように顔を近づける。

 ペタンッと覗き込まれた相手は悲鳴すら上げずに尻餅をついた。

 別の一人に目を向けると息を呑んでパッと飛びのいて背中から壁に張りついた。

 ふと狭霧は顔を上げた。耳に予鈴の音が届いている。


「授業、始まるわよ」


 それだけを言い残し振り返りすらせずに階段裏を出た。今度は彼女達も邪魔をしなかった。

 ただ、何やら甲高い叫びは届いていたが。

 通りすがりの生徒が奇異な視線を送ってきたが気にせず教室に戻ろうとしてふと足を止めた。

 窓の外。体育館と体育倉庫の間へと入っていく人影が見えた。


「筒井?」


 あんな所に何の用があるのだろう。

 勿論、次の授業は体育ではない。

 体育であってもあんなところにいく必要はない。

 いつもなら放っておくだろうが、さっき聞いた話がまだ頭に残っていた。

 それと、話を聞いている時は感じなかった苛立ちのような不思議な気持ちと。

 耳にチャイムの音が届く。

 予鈴に廊下を歩いている生徒達が早足で教室へと戻っていく。

 筒井は戻ってくる気配がない。


「授業に遅れる…けど。いまさらか」


 靴を履き替えて校舎の外へと出た。



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「また、サボり…」


 授業中なので周りに聞こえないように注意しながら、真理亜はぼそりと呟いた。

 向けた視線は狭霧の席。

 むろん、そこに主はいない。

 教壇で読経のような見事な朗読ぶりを発揮している英語教師は、自他共に認める完全放任主義者だ。

 生徒が教室に居さえすれば、後はどうでもいい。

 だが、言葉を返せば教室にいないのならば、容赦なく欠席をつける。

 当人以上に出欠状況を把握している真理亜は頭を抱えたくなった。

 やはり監視体制を強化すべきか?

 廊下に監視カメラを設置し、制服の襟の裏には発信機。四六時中、背後をつけまわし、自宅前の電柱の影から双眼鏡で監視して…。

 妄想が飛躍しそうだったので頭を振って空冷させる。

 もっとも頭を冷やしたからといっても状況は好転しない訳だが。

 そこでふとやけに空席が多い事に気付いた。

 いや、怪我で休んでいるユキ。サボりの狭霧はおいておくとして、他にも空席がある。

 一つは病欠で朝からいない。しかし、空席はまだ一人分残っている。

 一つ前の受業ではいたはずだ。

 いったい誰だ?


「考えるまでもないか」


 そこにいるはずなのはもう一匹の狼。

 羊が興味を持てなかった狼がそこにいるはずだ。

 彼女の大切な狼もいない。

 さて、どうするべきか。


「考えるまでもないか」


 繰り返す呟き。

 ガタタッとイスをずらす音に教師がそちらを向く。


「清里、どうかしたのか?」

「先生ぇ、ちょっとおトイレ」


 がくっと教師の腰が抜けた。


「…キミは自分が女だと言う自覚があるのか。分かった、いいからいってこい」

「はーい」


 まわりがクスクス笑う中を平然と小走りに出ていく。


「へへへっ。作戦成功っと」


 作戦もくそもないのだが、ある意味で羞恥や他人の目を気にする心が彼女の欠落と言えなくもない。

 彼女にとって普通の人々が自分をどう思っていても大して興味を持てない事なのだから。

 誰もいない廊下を通って一階階段裏に。

 そして、そこまでいって首を傾げた。


「…あれ。あれれ?」


 冷や汗が流れる。

 てっきりここにいると確信していただけにショックは大きい。

 1分近く待ったが当然狭霧が現れる気配はない。


「どーしよ」


 素直に教室に帰るか?

 それもなんだか悔しい。

 だが、トイレと言って出てきた以上学校中を捜して回る訳にもいかない。

 意地をとるか。それとも諦めるか。

 うーん、と悩みながら廊下に戻ってふと窓の外へと目を向けた。

 それは特に理由があっての事ではなかったが、もしかしたら何か予感のようなものが働いたのかも知れない。


「…狭霧?」


 体育館と体育倉庫の隙間に一瞬人影が見えた。

 本当に一瞬だったため、女子であるという事以外は分からなかったはずだが、真理亜の中の感性が彼女の欲する狼である事を伝えていた。


「なんであんなところに?」


 首を傾げながらも昇降口に向かう。

 無論、靴を履き替える為だ。




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