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今日

クリスマスという日

作者: 誓約者

本編を読まずに読むことは薦めません。

番外編なので、設定がわかっていると仮定して進めています

 クリスマス。キリストが死んだ日だとか聖夜とも称される。

 だが学生には関係のない話だ。

 恋人たちの特別な日にもかかわらず、京たちには講習という責務が課せられていた。

 好んで来てるかは言うまでもない。

「…ほんとにこれ休みか?」

 けいはその講習の帰り道、玄関へとつながる廊下を歩いていた。

 隣にはあやが必然に一緒にいる。京と同じく疲れた表情をしている。

 勉強が出来るとは言え、苦痛であることには一般の生徒と変わりない。

「毎日毎日学校に来て……」

「だよね…」

 どんよりした愚痴に朱が同意の意見を出す。登校時間も普段と同じで休みと言う気がしない。

 だが休みであることは確からしい。それは理心りしんがいないことだ。

 そもそも講習とは、学力のある生徒を、全国の中でトップにする、という定義において行われている。

 学問の能力が皆無に近い理心は当然呼び声がかかるわけもない。

「あのヤロー…」

 どこかでせせら笑っている理心を想像し恨めしく呟く。

「どのヤローのことかな~?」

 京の発言に答える声が背後からし、京の足が止まった。

 振り向けば話題の彼がこちらに歩いてきていた。

「理心」

 驚き、すぐに不愉快そうな顔になって京が言う。

「なんでここにいるんだ?」

「筋肉トレーニング、というか気分転換。申請すればここの体育器具は貸してくれるから便利で…」

「あ、そ…」

 さわやかに話す理心の言葉は、講習を受けていた京たちには嫌味以外に聞こえない。

 本人もそれを狙っていたらしく、わざと誇張表現しているようにも見える。

 隣の朱もいらだつように小さくため息をついた。

「でさ…」

「ん?」

 困ったような話の始め方に京が小さく反応する。

 気付けば何か後ろに持っている。

「そこでこれ拾ったけど………どうすればいいと思う?」


 言って京の目の前に出したのは、幼い少女だった。


「………………」

 瞬時に京と朱の思考が完全停止した。

 見れば小学生に見え、サンタクロースの格好で眠っている。可愛らしいと表現すべきだろう。

 少女を見た目がゆっくりと理心のほうに向く。

「理心……お前…」

「違うよ。そこに倒れてたんだよ」

「まだ何も言ってないよ」

 疑惑に満ちた眼差しで理心を見る。まさかこっちの趣味があるとは予想がつかなかった。

 必死に言い訳―弁解を続ける理心。

「だって見ろよ。なんか気分悪そうだぜ。お前なら放って置けるか?」

 言われてみれば顔色が若干、白すぎる気もしなくもない。どこかぐったりとしているようにもとれる。

 だが強い疑惑は全てを気のせいと捕らえた。

「でもねぇ…」

「だよねぇ…」

 見合わせた朱が鸚鵡おうむ返しの返事をする。

「………最低だな。お前ら」

「いや、おまえだろ」

 落胆の言葉をそのまま浴びせ返す。そんなやりとりをよそに少女が何か言いたそうになっているのを朱が気付く。

「俺はただ倒れていた………」

「少し黙って!」

「……ごはん…」

 たった三文字の言葉を少女は言った。

 再度、場の空気が停止する。数秒後、少女のものと思しきおなかの音が、低く廊下に鳴り響いた。


 *


「こんなんで起きるのか?」

 少女の体を生徒長室のソファーの上で横にし、京はまったく信じてない口調で問いかけた。

「まあ見てろって」

 理心はそう言って買ってきたメロンパンを開け、眠っている少女の前で泳がせる。

 独特の甘いにおいが生徒長室に広がっていく。

「……」

 突然、少女の鼻がひくひくと動く。

「…っ」

 そして、かぶりついた。

「動いた…」

「もぐもぐ……」

 驚く朱に構わず、少女は黙々と食べ進める。かなりおなかがすいていたらしく小さい口を忙しく動かし、見る見るうちにメロンパンが消失していく。

 驚いた様子で見ていた京があることに気付き、行動する。

「…てか起きろ!」

「にゃああ!?」

 寝ている少女のおでこをパチンと叩く。はじけたように少女が目を覚まし、ソファーの上にちょこんと座った。

「痛いよぉ……」

 おびえた目で自分のことを見ながら、叩かれたおでこをさすっている。

「わ…悪かった」

 反射的に謝罪する。よく考えれば必要ないのだが。

 なおも少女は口にしたメロンパンを食する。

「なあ、なんであんなところで倒れてたんだ?」

 口の周りに砂糖をつける少女に理心が問う。

「あの……サンタさんのお人形を探しに…」

 そこまで言うと少女は口籠った。

 なんとも可愛らしい理由に朱がやさしく微笑む。

 理心と見合わせたが理心は首を横に振り、朱も首を横に振った。

「そんなぁ……」

 残念そうな声を出して俯く。とても大切なものらしい。

 どうやってこの学校に入ったのかも気になるが、今すべきは詮索ではないようだ。

 仕方なさそうに重くため息をつき、頭を掻く。

「…朱。理心。探すぞ」

「えっ…」

 驚いた声をあげ、京の顔を見る。

「助けるわけじゃないからな。そんなのが落ちてたら学校の品が問われるから回収するだけだからな」

 無駄に力強く断言する。

「あの子ツンデレだから」

「ツンデレ違うわ!」

 京の真意を見透かした言葉を真っ向から否定する。

 否定する京の耳が赤くなっている。少女はそれを見て、くすりと笑った。

「…騒々しいな」

 扉を開き入るなり、不愉快そうにはき捨てたのは来葉の声だった。

「クルハ。あのさ……」

「話は聞こえていた。サンタとはこれか?」

 無造作に来葉の手から赤い物体が少女に投げられる。綺麗な放物線を描き、彼女の手に収まったのは笑ったサンタクロースの人形だった。

「サンタさーん!」

 満面の笑みを浮かべて、抱きしめる。あどけない少女の声が生徒長室に響いた。

「廊下に落ちていた」

 人形にほお擦りする少女を横目に、来葉は呟きソファーに座る。

「ありがとう!」

「いいことをした覚えはない」

 うれしそうな顔をする少女を一言で一蹴する。

「今日はいい日にしなきゃいけないから…」

「だれかにプレゼントするの?」

「うん!」

 朱の言葉に元気良く返事を返す。本当にうれしそうに笑っている。

「あのね、いい子にしたらプレゼントくれるから。これあげたらいいこだよね?」

「うん。そうだね」

 あどけない言い方に、朱の顔も自然と笑顔になる。

「いいのか?早くあげてこないとサンタが来ちゃうぞ~?」

「あ!いそがなきゃ!」

 理心の意地悪な顔に少女は焦った顔になる。すとん、とソファーから降りるやいなや生徒長室の扉を開けて飛び出していった。

 扉が閉まっていく最中、皆は呆然と走り去っていく少女の後姿を見ていた。

「………なんだったんだ?」

 扉が閉まると京が小さい声で呟く。

 顔を見合わせた理心は肩をすくめ、朱は首をかしげた。

「……なあ、京。久しぶりにカラオケでもいかね?」

 自分だけが取り残された空気を皆が共有する中、理心が言いにくそうに提案する。

「…朱。お前も来るか?」

「あ、…はい」


  *


 うっすらと積もった雪を踏み、サンタの姿をした少女は明かりがついたレンガの家に走っていた。

 手にしたサンタの人形が走る体にあわせ小さく揺れている。

「ただいま!」

 元気いっぱいの声で重い扉を開け、はつらつとした笑顔を見せる。

「おお、帰ってきたか」

「うん!」

 出迎えた老人の声に反応して、元気に返事をする。それを見て、うれしそうに老人がたわわに実ったあごの白いひげを触る。

「さて、行く準備は出来とるか?」

 そういって靴棚の中から古びた鞭を取り出す。幾分使い込まれたようで、やんわりとしなり、ところどころが欠けている。

 だが埃はまったく付いていない。

「……いいの?」

 子供ながら目を見開いて、老人の顔を見上げる。

 老人は何も言わずただ少女の頭を撫で、やさしく微笑んだ。

「…うん!」

 少女も答えるように明るく笑った。


 *


 ―夜中の学校の屋上。見えぬ星を見るために来葉はここまでやってきた。

 雲が漆黒の空をおおうように広がり、かといって雪が降っている訳でもない。

 幻想的でもなくただどんよりとしている。

「サンタクロース、か……」

 来葉の脳裏をずっとこの単語がよぎっていた。少女の話によれば粗相が良い子供には贈り物をしてくれるという。

 多分柄に合ってないだろうが、来葉は大抵の童話や言い伝えは信じる性質たちである。

 上界には魔法がある。下界にも魔法による症例があってもおかしくはない。

「………」

 曇天に向かって静かに右手をあげる。

 見えないはずの月を見透かし、掲げた手の平に拳銃を生み出す。

「…魔法を人に見せたくはないんだがな……」

 嫌そうに呟き、小さくため息をつく。

 確かクリスマスの日にぱらぱらと雪が降ると、幻想的に見えて綺麗だという話を聞いたことがある。

 綺麗とは人が良いとする表現の一つ。だとすれば来葉に出来ることはこれしか思いつかない。

 拳銃の銃口に水色の魔力が濃縮していく。冷たい風がかじかむ指を鋭く切り裂く。

「……行け」

 褪めた声に乗せ、ゆったりとした一筋の閃光が雲を切り開く。

 音無く天まで届いた光は天空にはびこっていた雲を一掃し、見えなかった星を顕した。

「…ハッピーメリークリスマス」

 数秒後。頬に小さくて白い結晶が溶けた。


 *


「歌いすぎた~…」

 からっからにしわがれた声で理心は自分の現状を述べた。

 外に出てみれば空はすっかり暗くなり、太陽光とは違う人工の光が街のいたるところで発光していた。

「馬鹿は程度もわからないらしいな」

 京が言う。

「…ふん。ツンデレには言われたくないな」

「だから違うっ!」

 怒りの右手が理心の顔面を捉える。横にいる朱は楽しそうに笑っている。

「あれ?」

「いたっ!」

「…?」

 突然、朱の手の平に、理心の頭に、京の目の前に、小さな長方形の小包が落ちてきた。

「…ったく上からごみ捨てんなよな」

 頭をさすりながら理心は拾い上げ、高くそびええ立つビルの上を睨む。

「でも変じゃない?高い所から落ちてきたなら形が崩れるよね」

 包みを見て朱が冷静な発言をする。もし高いところから落ちていれば痛い所の騒ぎではないだろう。

「うわっ。こわっ」

 朱の言葉に動揺し、訝しげに包みを見た。

 そういわれると綺麗に包まれた姿が気味悪くなってくる。

「……サンタかな」

「…え?」

 ふと京が言った言葉に理心は苦笑いを浮かべる。

 京はくるりと振り向き、手にしているものを二人に見せた。

 手の平には包装が綺麗にはがされ、その上に笑顔のサンタクロースの人形が乗っていた。

「……どこかでみたなそれ…」

「………」

 まじまじと眺め考える理心の隣で、朱はそれがどこで見たものか驚いたように思い出した。

「……あ…」

「雪か……」

 視界にちらつく白いものに気付き、大空を仰ぐ。

 漆黒の夜空のなかにおびただしい量の雪がぱらぱらと見えてきた。ふわりふわりと手の平に落ちては一瞬で溶けて消える。

 だが、なにかが不自然だ。

 京が思考を巡らせようとした時、朱が真っ先にそれを言い当てた。

「そうだ!雲がない!」

 朱の言ったとおり雲がなかった。

 月さえも見える星空に雪が降っている。時折星の光なのか、明かりを反射した雪なのかが判らなく無くなるほど、綺麗に調和していた。

「…すげー。見たことねえ」

「そう…だな」

 呆然と幻想的な景色に見とれる。その途中、京は目を擦り夜空を見直した。


 気のせいか、月を横切るそりの影が見えたような気がした。



読んでいただきありがとうございます


サンタの少女―サンタの少女です


香理心―馬鹿です


柳川朱―第一章では出番が無いので、ここで出演。


来葉真一―気付けばこいつだけ苗字表記。


浮刃京―ツンデレの設定解禁。

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