いわくつきの受難
「ワタシは呪いの人形だ。本日めでたく、年若い夫婦に買われた。これであのぎゅうぎゅう詰めでホコリっぽい売り場からもおさらばだ。
「ダーリン、買ってくれてありがと♡ でもほんとに良かったの?」
「ああ、構わないさハニー。ずっと前から欲しかったんだろう?」
ダーリンとハニー……なんだ新婚か。いいな、脅かしがいがある。お買い上げどうも、愚かな人間ども。悪いがお前たちには、ワタシの伝説の一部になってもらおう。最恐にして最悪の人形として、数千年語り継がれていく伝説の幕開けだ。
「あら? ダーリンなんだか嬉しそう。いい事でもあった?」
「ハニーの笑顔を見ることができて嬉しいのさ。キミの笑った顔は、世界を救うよ」
「まあっ! ダーリンったら、大げさ!」
「ハハハ、本当のことを言ったまでだよ」
しかし生憎ワタシは、某赤毛の小さなレディや某包丁ぶん回しグッドガイのような、名のある人形ではない。故に、呪いの力もそれほど強くない。ささやかなラップ音と、開けてちょっと使ったぐらいの綿棒を床に全部散らかすぐらいが関の山だ。だがここからだ、ここから全国各地を転々とし祟り散らかして、いずれ強大な力を持つのだ。クク、せいぜい指でもしゃぶって震えて眠るんだな、先輩方……。
「さあ、もう帰ろうかハニー。風が冷たくなってきた」
「そうね、風邪をひいてしまうものね」
「あっ。少し待ってくれないかい? キミにもう一つ、プレゼントがあるんだ」
初々しい上にアツアツだな。ワタシ程度の呪力でも壊しやすそうで助かる。
「……まあ! マフラー?」
「うん。この間ショッピングに出かけた時に、このマフラーを見てただろう?」
「すごい! とっても嬉しい! でも、どうしてわかったの?」
「愛するキミのことなら、なんでもお見通しさ。それにこのマフラー、ハニーによく似合っているよ」
長いな……冷えてきた。ていうか店の前でイチャつくなよ……。あ、ホラ邪魔になってる。今通り過ぎてった人とか、かなり不愉快なものを見た時の顔してたぞ。もう幸せオーラしまって、とっとと帰ってくれないか。じゃないとワタシまで不愉快なものの一員になってしまう。ワタシはもっとこう、怖い! とか、恐ろしい! とかそういう目で見られたいんだ。
「おっと。こんなところで話し込んでいたら、帰る時間が遅くなってしまうね」
……終わったのか? 何だったんだ急にイチャイチャしだして。
「さ、ハニー。お手をどうぞ」
「〜〜っ!」
え? なんか照れてない? 慣れてるんじゃないの? お前たち二人ずっとこうなんじゃないの?
「フフ、こんなに赤くなって……。まるで林檎のようじゃないか。思わず食べてしまいたくなるね」
オゲー!! ワタシはさっきから何を聞かされているんだ……!
「ちょ、ちょっとダーリンっ……からかわないで! みんなに聞こえちゃう……!」
本当だよまったく。お前らの間に挟まれてるせいで間近で聞かされてるこっちの身にもなってくれ。
「ハハハ、ごめんよハニー。あまりにも可愛かったものだから、ついからかいたくなってしまってね」
「もうっ、ダーリンのばか! 早くしないと置いてっちゃうんだから!」
置いてってもいいから早く帰ってくれ。 視線が痛くて涙が出そうだ、ない涙腺から涙流してるところ見せてやろうか! おい!
……
あーーやっと家に着いた……。疲れた……。今日は伝説とかいいから、さっさと休みたい。震え上がらせるのは明日からだ。まあまあ雰囲気の良い家だし、アイツらが大人しくしてたら十分休憩できるだろう。
「あなた、先にご飯にする? それともお風呂?」
コイツら家でもこうなのか。そういうロールプレイの一種か? 現代っ子は分からんな。
「きゃっ……! だ、ダーリン……?」
お、押し倒してる? 事件か? どれどれ、ちょっかいでも出してムード壊してやるか。
「キミがいいな。ねえ、ハニー」
アアッ……!! ゾワッてした、すっごいゾワッてした! 何なの? おアツいのも程々にしろよ! 全体図が見えるぐらいの距離にいるんだぞ、ワタシが。可哀想だと思わないのか。
「だっ、ダメ……! だってまだ体綺麗にしてないし、汗臭いかも──────っ!?」
「もうこれ以上、待ってあげられない」
オギャーーーー!!!! 待ってあげられない、はこっちのセリフだわ!! 目の前から消えてくれ!
「っ、ど、どうして」
「前回も、その前も。同じ理由で断っただろう。ハニー、キミは綺麗だ。たった少し外に出たぐらいで汚れたりなんかしない」
案外そうでもないから風呂は入っておいた方がいい!
「でっ、でも」
「『でも』も『だって』も聞かないよ」
聞いてやれよ! ていうか今まで言及しなかったけど、コイツらダーリンとハニー男女逆なんだよッ……! 口で話す時ややこしいだろうがッ! 時代か!? そういう時代なのか!? あ〜〜クソッ現代難しいな!!
「ねぇダーリン待って……っ、お人形さんがっ……」
「あぁ、見られると恥ずかしいのかい?」
不可抗力! 誰が生きた人間のハッスルなんて見るか! 死んでても見ねえよ!
「わかったよ。お人形さんには布をかけて、後ろを向いてもらおう。そうすれば恥ずかしくないだろう?」
「う、うんっ……!」
うんっ、じゃねーよベッド行けベッド! ウオオオこっちに来んな、散れッ! 触んな! 祟るぞ! おいその布はお前がさっきまで着てたシャツだろ!! やめろッ!! うわ生暖かくて気持ち悪ッ!!
「悪いね。いくらキミがハニーのお気に入りでも、あの可愛い姿は見せてやれない。……元より見せるつもりもないけどね」
や、やかましィ〜〜ッ!! 見たくもないもん見せられてんのはこっちだっつーの!!
「ハニー。待て、はもうナシだよ」
イヤーッッ!! 勘弁して! 祟り散らかさないから元の場所に返して!!
「ダーリン……♡」
「ハニー……♡」
もう……、もう新婚夫婦はこりごりだーーーーッ!」
◇◆◇
「……ということを伝えたかったようです。高まった怒りの念が、今までの現象を引き起こしていたようですね……。どうします? お祓いしておきます?」
「あ、い、いえ。お構いなく」
「そうですか。私はお祓いしておいた方がいいと思いますが……。まあ、もし何かあれば、またご連絡ください。……では、私はこれで」
先月から一向に止む気配のない心霊現象に耐えかねて、頼った先の霊能力者から伝えられた人形の記憶。それがあまりにも可哀想な話で、お祓いするのはこの子にとっても酷だろうと、つい断ってしまった。
「リサイクルショップに行ったら、あんな破格で売られててつい買っちゃったけど」
部屋の隅にたたずむ姿からは、まだホコリの匂いがしているような気がして、そっと抱きしめたくなった。
「大変だったんだな、コストコのでかいクマも。……あ、そうだ。名前付けてやんないと。何がいいかな。ティラミスとかどう? 可愛くない?」




