第三話 声のない宿泊客【解答】
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瀬戸は一歩、影に近づいた。
「あなたは、案内を待っている」
影は、答えなかった。
代わりに、回廊の奥、行き止まりだったはずの壁に、微かな扉の輪郭が浮かび上がった。
瀬戸は、息を吸う。
「業務を継続します」
誰に向けた言葉かは、自分でも分からない。
だが、影は反応した。
回廊の空気が、わずかに動く。
「案内が、必要ですね」
瀬戸は歩き出した。
影は、遅れてついてくる。
九条は、距離を保ったまま後方に立っている。
介入はしない。
評価者として、観測しているだけだ。
端末に残る古い図面を頼りに、瀬戸はかつて客が通ったであろう動線をなぞっていった。
今は使われていない扉を通り過ぎる。
閉鎖された階段を横目に進む。
記録上は削除されたはずの動線を辿る。
影は、進むたびに形を変えた。
薄くなり、はっきりし、また溶ける。
「……ここまでです」
瀬戸が立ち止まる。
そこは、旧館最奥。
かつて案内係詰所であった場所だ。
影が、動かなくなった。
端末が、短く通知を出す。
分類:非人間由来
未清算理由:役割未完了
瀬戸は理解した。
「あなたは、最後まで案内を終えていない」
影が、これまでとは異なる、明確な揺れ方をした。
瀬戸はカードを取り出す。
「ここに、あなたが果たせなかった役割を記録します」
影が、カードに触れた。
文字ではない。
だが、確かに「完了」の意志が刻まれた。
その瞬間、回廊の温度が元に戻る。
影は、音もなく薄れていった。
消滅ではない。
解放だ。
端末が短く鳴る。
案件番号 N-04
分類:非人間由来未清算
処理状況:完了
九条が、歩み寄る。
「処理内容を確認する」
端末を一瞥し、即座に結論を出す。
「言語を持たない対象に対し、役割補完による回収を実行した」
一拍。
「感情介入は、最小限だ」
瀬戸は、息を吐いた。
「評価は」
「次段階へ継続する」
それだけだった。
昼のロビーに戻ると、先ほどのベルボーイが遠くで手を振っていた。
何も知らない顔で。
瀬戸は、軽く会釈を返す。
このホテルには、昼と夜がある。
そして、そのどちらにも属さない「業務」が存在する。
九条が、最後に言った。
「次は、内部だ」
意味は、聞き返す必要もなかった。
瀬戸は、端末を握り直す。
選別する側として、
次の未清算に備えるために。
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