表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

第二話 消えなかった新人【問題】

いつも読んで頂きありがとうございます

系列のビジネスホテルに就職したきっかけは、大学四年の春に登録した企業マッチングサイトだった。


瀬戸遥斗は、ホテルマンになりたいと思ったことは一度もない。

表示された適性診断の結果が、ただ「最も一致している」と示した。語学を学んでいたこと、対人評価が平均より高かったこと、極端な志望動機がなかったこと。それらが理由だったのだと思う。


特別な情熱はなかった。

だが、他に明確にやりたいこともなかった。


就職してみると、仕事は思いのほか楽しかった。

接遇の基本、館内動線、クレーム対応。覚えることは多かったが、身体が自然に順応した。同期の中で突出していたわけではない。ただ、評価は常に安定していた。


新入社員研修は、総合評価で一位だった。


だからこそ、違和感は小さかった。


仮配属先が次々と決まる中、瀬戸だけが呼び止められた。直属の上司ではない。支配人経由だった。


「グランド・インペリアル・ホテルに、仮配属だ」


それだけ告げられた。


名前は知っていた。

系列の中でも古く、格式があるという話だった。だが、新入社員研修中に訪れたことはない。説明もなかった。


「特別なホテルだ」


支配人はそう言って、それ以上を語らなかった。


初日に出迎えたのが、九条怜だった。

宿泊部接遇課長。


金色のはずのバッジは、光を反射していなかった。

右目も、同じだった。


光を受けても、奥に届いていない。


義眼なのだと気づいたのは、視線が合った瞬間だ。

だが、硝子の向こうで、何かが動いた気がした。


――そして現在。


グランド・インペリアル・ホテルのロビーは、夜十時を過ぎると音が減る。

照明は落とされない。人の気配だけが薄くなる。


瀬戸は、フロントカウンターで端末の表示を確認していた。


「瀬戸」


背後から呼ばれる。


「当該職員について、確認を行う」


九条だった。


「佐々木ですか」


瀬戸は、あの初日を思い出していた。


ラウンジでの実技試験。

異形の客を前に恐怖し、トレイを落とした同期。

九条に不合格を告げられ、人事に連れられて館外へ案内された佐々木。


それから、わずか数時間後のことだった。


「初日、ラウンジで不合格となった彼は、その日の深夜、旧館側へ向かっている」


九条は一拍置き、端末を操作した。


「正式な欠勤届は出ていない。だが、三日間、所在不明だ」


「無断欠勤、という扱いでしょうか」


「通常であればな」


端末に映し出されたのは、内部職員用の動線ログだった。

最終記録は、深夜二時四十三分。

場所は、旧館側の客室フロア。


「以降、彼の所在は確認されていない」


「旧館は……」


「現在、宿泊利用は停止している」


瀬戸は頷いた。

立ち入り禁止ではない。だが、理由を問われる場所だ。


「消えた、という表現は正確ではない」


九条が続ける。


「未清算状態で留まっている」


「……どういう意味でしょうか」


「人間由来案件だ。本人の意思によるものではない」


説明はそれだけだった。


九条は、ロビーの一角に視線を向ける。

誰もいないはずのソファ。

だが、確かに、座っていた痕跡が残っている。


「瀬戸。接触しろ」


「……私が、ですか」


「業務適性の再確認だ」


九条の声音は変わらない。


「対象は、まだ完全に処理されていない。君なら会話が成立する」


「失敗した場合は」


「内部記録から削除する」


瀬戸は一度、息を吸った。


「承知しました」


旧館へ向かう廊下は、空調が効いていない。

湿度だけが、過剰に残っている。


佐々木は、そこにいた。


制服姿のまま、ソファに座っている。

だが、目線が合わない。


「……瀬戸?」


声は、確かに同期のものだった。


「どうして、ここに」


「帰れなくなった」


それだけを告げて、佐々木は口を閉ざす。


瀬戸は察した。


これは失踪ではない。

拒絶でも、逃避でもない。


処理されなかった結果だ。


廊下の奥で、足音が止まる。

振り返ると、そこに九条が立っていた。


距離はある。

だが、視線は届いている。


「瀬戸」


事務的な声が響く。


「当該案件は、評価対象だ」


その意味を、瀬戸はすでに理解してしまっていた。


――これは救助ではない。

――選別だ。


佐々木が、消えなかった理由。

そして、自分がここに立っている理由。


その答えは、まだ提示されていない。


夜は、終わっていなかった。

ここまで読んで頂きありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ