プロローグ 「歩み入る者に安らぎを、」
いつも読んで頂きありがとうございます
――研修とは、何を教える場なのか。
グランド・インペリアル・ホテルでは、答えは明示されていない。
ただ一つ確かなのは、研修は“問題を減らす”ためのものではない、ということだった。
理念はすでにある。
「歩み入る者に安らぎを、去りゆく者には幸せを」
この言葉は、ロビーの壁にも、社員手帳の冒頭にも記されている。
だが、それを暗唱できることと、理解していることは同義ではない。
ホスピタリティ研修は、三年目社員を対象とした階層別研修の一環として行われた。
表向きの目的は、理念の再確認と行動への落とし込み。
Safety、Courtesy、Amenity――
安全であること、心くばりがあること、快適であること。
すでに何度も聞かされた言葉だ。
それでも、この研修には、どこか違和感があった。
会場に指定されたのは、現在使われていない宴会場だった。
照明は必要最低限、時計は外されている。
開始時刻は告げられたが、終了時刻は示されていない。
講師として現れた男は、名乗らなかった。
宿泊部所属、という情報だけが事前資料に記されていた。
表情はなく、声に抑揚もない。
質問に答えることはあっても、解説はしない。
正誤の判定も行わない。
ただ、最初にこう告げた。
「本研修では、結論を出す必要はありません」
「記録を残してください。判断は、後で行います」
研修初日、参加者は六名だった。
だが、全員が最後まで席に座っていたわけではない。
テーマは一つだけ提示された。
――グランド・インペリアル・ホテルに、ホスピタリティは必要か。
逆説的な問いだと、多くが思った。
不要だと答えることなど想定されていない。
これは理念を深めるための導入にすぎない。
そう理解するのが、普通だった。
発言は自由とされた。
誰が話してもよく、沈黙も許された。
だが、一人の発言が終わった直後、講師は淡々と告げた。
「本日分の参加は不要です」
理由は説明されなかった。
叱責もなく、感情的な言葉もない。
ただ、研修の枠から外されたという事実だけが残った。
その場にいた者たちは、それをどう受け取るべきか分からなかった。
正しいことを言っても、残れない。
経験があっても、関係ない。
この研修は、能力を見る場ではないのだと、誰もが理解し始めていた。
講師は、その後も多くを語らなかった。
研修の開始と終了時にのみ姿を見せ、
あとは提出されたレポートを読むだけだった。
だが、数日後、ある者は個別に呼ばれ、
確認と称して、短い言葉を投げかけられる。
答えは求められない。
訂正もされない。
ただ、問いだけが残る。
研修は、誰かを成長させるためのものではない。
誰かを排除するためのものでもない。
それでも確かに、
何かが選別されていく。
小さな歪み。
無意識の前提。
正しさの使い方。
迷いを避けようとする癖。
それらは、問題として扱われない。
だが、記録される。
研修とは、評価の場ではない。
未清算を生み出す可能性を、観測する場だ。
それに気づいている者は、まだいない。
ただ一人を除いて。
その男は、自分が安全圏にいるとは思っていなかった。
むしろ、危険は自分の内側にあると、薄々理解し始めていた。
マニュアルは正しい。
だが、それを超えたいと思う衝動が、確かに存在する。
軽々しく踏み越えれば、終わる。
踏み越えなければ、停滞する。
その境界に立ち続けることが、
最も危険であると知りながら。
研修は、まだ始まったばかりだった。
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