第八話 壊れた評価基準【問題】
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――業務目標:評価基準逸脱案件の再分類
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評価基準は、常に正しい。
それが、グランド・インペリアル・ホテルの前提だった。
基準は人によって揺れない。
感情によって変動しない。
状況に左右されることもない。
だからこそ、判断が成立する。
瀬戸遥斗は、その前提が崩れた表示を、端末の画面上で確認していた。
案件分類コードは存在する。
対象者も明確だ。
だが、評価欄だけが異常を示している。
――評価基準:参照不能。
警告色ではない。
エラー表示でもない。
ただ、淡々と示されている。
「……参照不能」
瀬戸は、画面から目を離さなかった。
評価基準は、常に参照可能でなければならない。
それが成立しない場合、案件自体が存在し得ない。
にもかかわらず、この案件は表示されている。
「瀬戸」
背後から、九条怜の声がした。
「当該案件の確認を行え」
「評価基準が……」
「破損している」
九条は即答した。
「破損、ですか」
「正確には、適用不能だ」
端末を操作しながら、九条は続ける。
「当該対象は、評価基準の前提条件を満たしていない」
瀬戸は、表示された詳細を確認する。
対象は、宿泊客。
滞在履歴、行動ログ、対応履歴はすべて揃っている。
だが、評価項目が一つも反映されていない。
「評価不能案件とは、違う……」
「評価不能は、基準が存在する状態だ」
九条は淡々と訂正する。
「今回は、基準そのものが適用できない」
瀬戸は、理解が追いつかないまま画面を見つめた。
「……どういう状態ですか」
「評価項目が、対象を定義できていない」
九条は、そこで一拍置いた。
「例を挙げる」
画面が切り替わる。
表示されたのは、満足度評価項目。
――快適だったか
――不満はあったか
――再訪意志はあるか
「当該対象は、すべてに該当しない」
「無回答、ではなく?」
「無関係だ」
九条は言い切った。
「快適でも、不快でもない。
満足でも、不満でもない。
再訪も、拒否も成立しない」
瀬戸は、喉の奥がわずかに詰まるのを感じた。
「……存在は、しているんですよね」
「存在している」
九条は肯定した。
「だが、評価基準の外側にいる」
瀬戸は、画面を見つめながら考える。
評価基準は、問題を見つけるためのものだ。
だが、この対象には、問題が定義できない。
「処理対象、でしょうか」
「未定だ」
九条は即答しなかった。
「当該案件は、再分類を要する」
「再分類……」
「瀬戸」
九条は視線を向ける。
「今回は、判断を求めない」
その言葉に、瀬戸は一瞬だけ目を見開いた。
「判断ではなく、観測だ」
「……何を、ですか」
「評価基準が、どこで破損したかを確認する」
瀬戸は、端末を操作する。
ログを遡る。
だが、破損点は見当たらない。
最初から、適用されていない。
「……最初から、基準が効いていない」
「そうだ」
九条は肯定した。
「つまり」
瀬戸は、言葉を探した。
「この対象は、最初から評価される前提ではなかった」
九条は、何も言わなかった。
否定も、肯定もしない。
「接触は」
「許可する」
即答だった。
「ただし」
九条は続ける。
「処理は行うな」
「理由は」
「基準が壊れている以上、処理も成立しない」
それは、業務上の結論だった。
瀬戸は、深く息を吸った。
評価もできない。
処理もできない。
だが、存在している。
「……確認します」
瀬戸は、歩き出した。
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