8 アレグラン視点
俺は、地面に転がる懐中時計を呆然と見つめていた。
「……ふ、ふざけんなよ……」
自分が大事にしていたものが、まさかエルナの手によって、あんなふうに放り投げられるとは思わなかった。それが石畳に激しくぶつかり、鈍く響く音とともに転がっていく――その様子に、俺の胸の奥で怒りと混乱が渦巻いた。
ようやく拾い上げた懐中時計は蓋が外れ、金細工の装飾がかすかに歪んでいた。中の歯車がわずかに露出し、銀の針は止まったまま動かない。それを見た瞬間、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
「なんてことを……本当になんてことをしてくれたんだ……」
俺は懐中時計を手にしたまま、崩れるように地面にひざまずいた。涙がにじみ、目の前がぼやけていく。金色に輝くその時計は、誰が見ても目を引く高価なものだった。無理して手に入れたそれは、高位貴族の当主が持つような代物。これを身に着けることで、俺は他の騎士たちとは違うという優越感に浸っていたのだ。
その象徴が、いともたやすく踏みにじられた。
「エルナ……あいつ、絶対に許さない……! 離縁だ? ふざけるな……そんなに簡単にできると思うなよ……!」
怒りと焦燥に突き動かされるまま、俺は騎士団本部へと足を向けた。
受付嬢に、語気を強めて告げる。
「団長に会わせてくれ」
「お約束はありますか?」
「……いや、だが緊急の用件だ」
「無理です。団長はお忙しいので。しばらくこちらでお待ちください」
こちらを一切見ようとしない冷たい口調に、苛立ちがさらに募る。
以前は俺を見る目に敬意があったはずなのに、今は敵意に満ちていた。
結局、2刻――いや、それ以上か――待たされた末、ようやく団長室に通される。
扉を開けた瞬間、団長の鋭い眼光が俺を射抜いた。その目には、かつての信頼も情も微塵もなかった。むしろ、軽蔑すら浮かんでいた。
「……貴様、現地の女と不適切な関係を持っていたそうだな。騎士としての矜持はどうした? 命懸けでおまえを守ったエルナを裏切ってまで、何を得たつもりだ? 家族ごっことは呆れたな」
「だ、団長、違うんです……あの未亡人は気の毒で……子供も父親がいなくて、可哀想に思って……」
「戦争の後だ。気の毒な女も、父のいない子供も、掃いて捨てるほどいるさ」
団長はゆっくりと立ち上がった。その大柄な体が、俺の前に壁のように立ちはだかる。
「お前は、そのすべてに“《《優しさ》》”を施して回る気か? そんな高尚な魂を持っているようには見えんがな」
「俺だって、こんなことしたかったわけじゃ……でも……エルナの《《顔》》が……あの《《傷》》が……どうしても……」
言い訳の声が震える。
次の瞬間――
「黙れ」
怒声ではなかった。静かだが鋭く、凍てつくような一言。
団長の拳が振るわれたのは、その直後だった。
――バキッ!
鈍い衝撃と共に、俺の体が傾ぎ、壁に叩きつけられる。
唇が裂け、前歯が折れた。血の味が口の中に広がる。
「これ以上、エルナを侮辱する言葉を口にするなら――俺は貴様を、一騎打ちで斬る」
団長の瞳は、怒りで静かに燃えていた。脅しではない。本気の殺意を宿す目だ。
俺は何も言い返せなかった。ただ、震える拳を握りしめ、うつむくしかなかった。
そして、団長は一歩退くと、静かに突き放すように言った。
「騎士の称号を持っていても、中身が伴っていない。貴様はもう、俺たちの仲間じゃない」
一拍置き、目を逸らしながら言い放つ。
「――あの駐屯地がそんなに気に入っているなら、そこで一生、雑用でもしていろ。王都には……二度と戻ってくるなよ。貴様の顔はみたくない。出て行け」
冷たくそう告げると、団長は俺に背を向け、書類へと視線を戻した。
俺が扉を閉めたその音だけが、部屋に響いたのだった。
そして、駐屯地に戻ると――
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まだまだ、ざまぁ続きます。まだ第一弾の途中です。




