7
朝目を覚ますと、アレグランの姿はもうなかった。
自分の不貞が私に知られ、居づらくなったのだろう。
だったら好都合だ。
私はすぐに身支度を整え、騎士団本部へと向かった。
もう“騎士”ではない――本来なら足を踏み入れることさえ躊躇うべき場所だ。
けれど、私の中には一切の迷いがなかった。
「団長に、お取り次ぎ願えますか?」
受付にいた若い女性は顔見知りで、すぐに団長室へ通された。
扉を開けると、かつての上官が懐かしげな表情で私を迎えた。
「エルナ……お前がここへ来るなんて、どうした?」
私は深く一礼し、真っ直ぐその目を見て告げた。
「アレグランとの離婚を申請したく、お力添えをいただきに来ました。彼は駐屯地で現地の女性と不適切な関係を続けています。同行していた兵士たちも、その事実を知っているはずです。彼は離婚に応じようとしませんので、不貞の証明となる書類に、団長の署名をいただけませんか?」
一瞬の静寂のあと、団長の表情に怒気が滲んだ。
「……やっぱり、そうか」
手元の書類を机に叩きつけ、立ち上がる。
「何度かそんな噂は耳にしていたが、信じたくなかった……命を救ってくれた女を裏切るなんて、騎士の風上にも置けん奴だ!」
その怒声に、隣室から副官が顔を覗かせた。団長は静かに命じる。
「アレグランの駐屯地にいた兵士を、数名呼べ。非公式で構わん、証言を取る。これは“正義の確認”だ」
副官はすぐに頷き、部屋を出て行った。私はただ黙って、その背中を見送る。
――数刻後。
集められた数人の兵士たちは、進んで口を開いた。
「……はい。任務後に毎日のように、未亡人の家へ通っていました」
「彼女とその子どもと……まるで“家族”のようで……何度も見ています」
ひとり、またひとりと語られる証言。
彼らの表情には、アレグランへの怒りとともに、騎士団の中で語り継がれてきた“エルナ”という存在への敬意がにじんでいた。
|騎士として誠実に生きた者を、同じ騎士が踏みにじる――
その事実が、彼らを黙っていられなくさせたのだ。
団長は深く頷き、机の上の書類を手に取った。
「これで十分だ。正式な証明として、私が署名する。――エルナ、お前は何も悪くない。胸を張って、生きていけ」
私は深く頭を下げ、証明書を受け取った。
「……ありがとうございます、団長」
そして――
戸籍記録保管局にて、離縁届に署名し、印を押す。
提出されたそれは、確かに“受理”された。
灰色の空。乾いた風が街路樹を揺らすなか、私は過去に終止符を打ち、自分の人生を取り戻した。
――夕刻。思いがけず、アレグランが家へ戻ってきた。
「……これ、なんだ?」
封筒を差し出すと、彼は訝しげに眉をひそめた。中の書類に目を走らせるにつれ、その顔が強張っていく。
「離縁届が、受理された証明書よ」
「は?」
驚きの声が、ひときわ高く跳ねた。
「騎士団長が証明してくれたの。不貞の事実は、複数の兵士が証言してくれたわ。未亡人の家に通ってたって、何人も見てたから。……だから、あなたのサインなんて要らなかったのよ」
「待てよ。俺は離縁しないって言ったよな……?」
怒りと混乱に染まっていくアレグランの顔。だけど、私の心はもう揺らがない。
私は彼の荷物を、ひとつずつ家の外に放り投げていく。
「おい、なにするんだよ!」
「だって、もう他人でしょ。――私の家から、出てって」
情けないほど狼狽えるアレグランに、私は冷たく問いかけた。
「どうして、自分が捨てられないと思ったの? どうして、離縁するかどうかを“選ぶ権利”が、自分にあると思ってたの? うぬぼれないでよ」
そして最後に――
アレグランが大事にしていた懐中時計を、手に取って、思い切り外へと放り投げた。
彼の顔が凍りつくのを眺めながら、私はにっこりと微笑んだ。
「――さようなら」
その言葉と共に、私の中でアレグランは過去の人になった。




