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売られた子供たちをどうにか助けられないか――そんな思いは、今も私たちの胸に残っている。
けれど、奴隷が合法の国外に及ぶ問題となれば、私と旦那様だけでは手が届かない。その役目は、王都の人道救済庁へと託されることになった。
「どうか、必ず見つけてあげてくださいね」
あの時、涙ながらに訴えてきた民衆たちの言葉が、今も耳に残っている。
売られていった子供たちを取り戻すために、国が動き始めている――私たちはそれを信じて待とうと思う。
◆◇◆
王都に戻ってからの毎日は、驚くほど穏やかだった。
私の営む食堂とカフェは、今ではすっかり王都の名物になっている。
食堂には、商店街の女将さんたち、騎士や兵士が連日立ち寄り、賑やかな笑い声が絶えない。
そして、中庭を挟んで併設された貴族専用のカフェでは、季節の花を飾った白いテーブルの上に、三段のティースタンドが美しく置かれている。銀のポットから注がれる紅茶の香りが、ほのかに甘く空気を満たし、貴婦人たちは花柄のカップを優雅に傾けながら微笑み合っていた。
「グリーンウッド侯爵夫人は、特命騎士の任務に就かれていたのですわね? また何か事件があれば、ご活躍されるのでしょうか」
「ええ、旦那様と共に地方の悪事を暴かれたと聞いております。なんて素敵なご夫婦なのでしょう……」
「それでいて、こうして食堂とカフェを運営され、ご自身も店頭に立たれているなんて。お人柄がうかがえますわね」
貴婦人方が私たちのことを話しているのが耳に届く。私はそっと微笑み、彼女たちに手作りのケーキを運ぶ。
「いつもありがとうございます。本日は、ルカとアルトが摘んできた木苺を使って、特製のケーキをご用意いたしましたの」
「まあ、なんて素敵な! 神獣様が摘んだなんて、なんだかご利益がありそうですわね」
中庭では、アルトがルカと戯れていた。咲き誇る花たちは、楽しげにダンスを踊るように揺れ、ルカの笑い声が澄んだ空に高く響く。
厨房の奥では、エプロン姿のアイビーが煮込み料理の鍋をかきまわしていた。彼女は、今では旦那様の部下として王都騎士団に所属しているが、今日は公休日で私の手伝いに来てくれている。住まいも近いため、仕事帰りや休日には一緒に夕食を囲むこともしばしばだ。
「ありがとう、アイビー。せっかくのお休みなんだから、家でのんびりしていたらよかったのに」
「いえ……エルナさんのお役に立ちたいんです。それに、ここにいると落ち着くというか……家族と一緒にいるみたいで」
その控えめな言葉に、私はふっと笑った。
「“みたい”じゃなくて、本当に家族よ。私はもう、あなたの姉みたいなものなんだから。……姉の立場から言わせてもらうと、そうね、そろそろ素敵な人を見つけてもいい頃じゃないかしら?」
からかうように言うと、アイビーは頬を赤らめながら俯いた。
まっすぐで、努力家で、少し不器用だけど――この子には、きっと幸せが待っている。私は、心からそう願っている。
厨房では他のスタッフたちもキビキビと動き、お客様の注文した料理が次々と作られていく。日常のざわめきが心地よく、平和な雰囲気に心がホッとした。
◆◇◆
そして夕方。ひと息ついた店内には、営業を終えたばかりの静けさが漂っていた。食堂の扉につけられた鈴が、からんと軽やかな音を立てる。扉を開けて入ってきたのは、旦那様――王都騎士団長のレオン。凛とした空気をまといながら、いつもの姿勢の良さで立っている。その傍らには、ユリルとトミーの姿もあった。
「……ただいま。今日は少し早く帰れた。喉が渇いたな」
「おかえりなさい。ちょうど、ルカとアルトが摘んできた木苺で焼いたケーキが残っているわよ。ユリルもトミーも、一緒にどう?」
「エルナさん、ありがとうございます! 俺たち、そういうのを目当てで来たんですよ。後片付けも手伝いますね!」
「ははっ、だと思った。……俺もちょうど甘いものが欲しかったところだ。愛する妻と息子の顔を見ながら食べるケーキは、何よりのご褒美さ」
気の置けない仲間たちと囲む、あたたかな夕暮れ。
「ねぇ、旦那様。今日は空がとても綺麗なのよ……屋上で、皆でいただきましょうね。夕食前だから、小さく切ったケーキを少しずつ。ね?」
トレイに紅茶とケーキを乗せて、私たちは屋上へと上がった。
ルカのはしゃぐ声が風に乗り、アルトは私の足下でのんびりと身を横たえていた。時おり羽と尾をゆったり揺らしながら、すべてを見守るように。
ユリルとトミーはケーキを頬張りながら笑い合い、アイビーはティーカップを手に穏やかに微笑んでいた。
そして、旦那様が私の肩をそっと抱く。
――あぁ、これが私の望んだ“家族”だわ。
茜色に染まる空が、大きな羽のように私たちを包み込んでいた。
それは、すべての苦しみをそっと癒やすような、あたたかな色――
過ぎ去った日々も、いま目の前にある幸せも、未来への祈りさえも。
まるで空そのものが「よく頑張ったね」と微笑んでくれているようだった。
完
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