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子爵がふいに懐から、小さな魔導具の音晶石を取り出した。
「この中には、チャス騎士団長がわしに持ちかけた“とある取引”の記録が残っておる。内容は、まだ言わんよ」
ガスキン子爵はニヤリと笑い、音晶石を懐に戻した。
「爵位の件、見逃してくれるなら出してやる。交換条件じゃ。……なに、そっちにとっても悪い話じゃあるまい?」
そう言って、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「私たちは王命を受け、この地に来ています。証拠があるのなら、出しなさい。出さないというのなら――見逃す理由は、ひとつもありません」
私は一歩踏み出し、冷たく告げる。
「領主であるあなたが、民を守らず、チャス騎士団長の犯罪を知っていながら黙っていたのなら……その罪は重い。爵位の剥奪どころか、絞首刑になるかもしれませんよ」
ガスキン子爵の顔色が変わる。
私の宣言に子爵が言葉を詰まらせた、そのとき――
「……あの……すみません……ちょっと、いいですか?」
おずおずと手を上げたのは、小柄な女性だった。年の頃は三十代後半、着古したエプロン姿。声は震えていたけれど、必死さが伝わってくる。私はすぐに彼女に視線を向けた。
「……わたし、ガスキン孤児院で働いていた者です。実は……ここ数年、不自然に子どもたちが減っていったんです」
静まり返る広場。
「もちろん、里親に引き取られた子もいます。でも、まるではじめからいなかったように記録が消された子が何人もいて……おかしいと思ってました。でも、チャス騎士団長が“王都の施設に移しただけ”とおっしゃって、誰も追求できなかったんです」
ざわざわと人々が騒ぎ出す。そこへ別の男が名乗り出た。
「俺も知ってるぞ。村の若ぇのが言ってた。兵舎の裏手から、夜中に馬車が何度も出て行くのを見たって。荷馬車に積まれていたのは……小さな人影、子供じゃねぇかって」
その後ろから、年配の女性が歩み出て、しっかりした口調で言った。
「最近、子どもを連れて行かれそうになったって人もいました! “貴族の家で働ける”って言葉で誘われて……でも、怖くて断ったって……!」
「……あの、少し気になることがありまして」
ふいに、後ろにいたアイビーが前に出た。
「私が精査していた帳簿の中に……不自然な記録があったんです。ガスキン地方警備騎士団が所有している農園から、“カボチャ”が大量に出荷されていたんですが……その取引額がどう考えても異常でした」
私ははっとしてアイビーを見る。
「カボチャ……?」
「はい。でも、そこに書かれていた“カボチャ”という記載……どうしても気になっていたんです。品種も記されていないし、数も合わない。もしかしたら、暗号的な隠語だったのではないかと」
その言葉に、民衆の中でざわめきが広がる。
そして、再び声が上がった。
「……思い出した! チャス団長がいつだったか、言ってたなぁ。カボチャは扱いやすくていいって、笑いながら……すごく金が儲かるとも。あれは、まさか子供のことだったんじゃぁ……!」
私は喉の奥が焼けるような怒りを感じた。
ぞっとする。人間を……子供たちを……カボチャなんて、そんなふうに呼んでいたの?
断片だった真実が、ひとつに繋がっていく。
私は怒りで体を震わせた。
「……くっ、それが“とびきり面白い話”ですって? ガスキン子爵、子どもを売り物にするような蛮行を、よくもそんな言葉で……! あなた、心の底まで腐っているわね!」
私はガスキン子爵に向かって罵倒した。
「外道が……お前のような男が、地方の騎士団長を名乗っていたとはな。聞くだけで吐き気がする」
旦那様がチャスに向かって一歩、また一歩と歩み寄り、その前に立ったかと思うと——その拳が、容赦なくチャスの顔面を打ち抜いた。
チャスは反射的にその場を逃げ出そうと身を翻す。
だが、すぐさま旦那様が行く手を塞ぎ、もみ合いになった。
「最低……っ! 旦那様、そんな奴、もっとぶちのめして!」
思わず声を張り上げたその瞬間——氷の煌めきと共に、アルトがチャス騎士団長の周囲にだけ、上手に氷壁を作り出した。冷たい霧が立ちのぼり、逃げ道を完全に塞ぐ。
「……もう、逃げられないわね。チャス騎士団長」
私の声は自然と低くなった。
怒りと軽蔑が、その名を呼ぶだけであふれ出しそうだった。
こいつの処分は……




