23
騎士たちの最敬礼に迎えられ、私たちはガスキン地方警備騎士団の本部へと案内された。立派な石造りの庁舎の前には幹部たちが整列しており、その中央に立つ男――チャス騎士団長が、丁重に私たちを出迎える。
「ようこそ、グリーンウッド侯爵ご夫妻。女性が特命騎士に任命されるとは、なんとも珍しいことですね。さすがは、陛下の厚いご信頼を得ておられるだけのことはあります。遠路はるばる、お疲れ様でございました」
一見すれば礼儀正しい物腰だが、その目はすぐさま、私の隣に立つアイビーへと向けられた……鋭い目つき。あからさまな敵意がこもっている。アイビーの肩がわずかに震えるのがわかり、私は黙って一歩、前へと進み出る。チャスとアイビーのあいだに、すっと身を滑らせるようにして立ち、視線を遮った。
言葉は要らない。ただ、静かに、まっすぐ睨み返すだけ。
(この子に指一本でも触れてみなさい。絶対に、許さないわよ!)
チャスは目を逸らし、わざとらしい笑みを浮かべながら、話を続けた。
「本日は、子爵邸の迎賓室にお部屋を用意しております。残念ながら子爵閣下は体調を崩されておりまして……代わりに私どもがご案内いたします」
「あら、まぁ……子爵家当主が出迎えるのが“礼儀”というものなのに、このタイミングで体調不良? 侯爵家の訪問なのに暢気な方ですこと」
皮肉を込めた私の返しに、旦那様が「よく言った!」と言わんばかりの視線を投げてくる。私も少し口角を上げて返した。
歓迎の顔をしながら、実際には歓迎していない――その空気は明らかだ。だが、敵の懐に入り込んで、内部の空気を知るには最適の機会だった。ルカとアルトを乗せた馬車と共に、私たちはガスキン子爵邸へ向かった。
◆◇◆
ガスキン子爵邸は、地方貴族にしてはやけに派手な装飾が施された建物だった。上品さよりも、どこか成金趣味じみた雰囲気がある。迎賓館に通されると、すぐにメイドたちが軽食とお茶を運んでくる。
しばらくした後、静かだった空気が玄関の重たい扉が開く音で破られた。
「うぃーっす。王都の皆さま、ごきげんようってやつ? 遠くからお疲れさまですな~」
軽薄な声と共に現れたのは、赤毛に着崩した上着の青年。
事前に調べておいた情報と照らし合わせて、すぐにわかった――子爵家の長男、ブリオンだ。
続いて現れたのは、よく似た顔立ちの青年。やや控えめな様子で後ろからついてくる。こちらは双子の弟、ホセだろう。
「兄上、もう少し丁寧に……あの方は王都騎士団の団長ですよ?……すっ、すみません、兄上は少々、酒を飲み過ぎまして」
「うるさいなぁ、お前は黙ってろよ! なぁ、そこの騎士団長さん、王都騎士団長ってそんなに偉いの? そちらは奥様か? 噂では、グリーンウッド侯爵夫人って、食堂の女将なんでしょ? なんで、騎士服なんて着てんだよ……」
あえて微笑んでみせながら、私は一言。
「特命騎士に陛下から任命されたからですわ。お望みなら、鍛えてさしあげましょうか? 喜んでお相手しますけど」
「へぇ……女のくせに、ずいぶん強気なんだな? 元平民で孤児上がりの侯爵夫人か。成り上がりってやつだな。ここみたいな田舎にも、そういう噂は届くんだよ」
地を這うような旦那様の声。
「よくも俺の妻にそんな口をきいたな。爵位の序列も知らないのか? 俺は侯爵で、妻は侯爵夫人だぞ。子爵の息子風情がっ!」
ゾッとするほどの怒気を纏った旦那様が、前に出ようとしたそのときだった。
ブリオンの眉毛や睫毛、口ひげが見事に凍りついた。髪の毛もカチンコチンだ。
「ふぁ、ふぁっくしょん! さ、寒っ……えっ? な、なに……?」
アルトだった。ソファの下にひそんでいた彼が、翼を広げてふわりと飛び上がる。氷魔法の使い手であるアルトの眼が、キラリと光っていた。どうやら、ピンポイントで顔だけを狙ったらしい。魔法の精度、確実に上がってるわね!
「し、神獣……!?」ようやく気づいたブリオンの顔が引きつる。
ずっとテーブルの下にいたのに、全く気づかなかったなんてね。どこまで無防備なのかしら?
◆◇◆
翌朝。
朝食後、応接間に案内された私たちの前に、やっと当主が姿を現した。金の刺繍をこれでもかと散りばめた、けばけばしい服。妙に整えられた巻き毛。これが、ガスキン子爵――ブリオンとホセの父親か。
「おおっ、これはこれはグリーンウッド侯爵ご夫妻! 遠路、ご苦労であったな! いやはや、まさか本当に来るとは思わなんだ!」
まるで国王が臣下を迎えるかのようなノリで、子爵は笑いながら手を広げてみせた。
(はっ? この人、爵位の序列を知らないのかしら……)




