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アイビーは涙をぬぐいながら、震える手でカップを持ち直した。ミルクティーの香りが、ほんの少しだけ彼女を落ち着かせたようだった。
「私、ガスキン地方警備騎士団にいたんです」
私は黙って耳を傾けた。けれど、心の奥にはじわりと嫌な予感が広がっていく。
ガスキン地方警備騎士団――その名前を聞くたび、騎士たちが苦い顔をしていたのを思い出す。
「あそこだけには配属されたくないよな」
「本当にな。王都騎士団にいられて幸運だった」
「レオン団長は正義感が強くて、筋の通らないことは絶対に許さない人だし、部下思いだよな」
そう話していた騎士や兵士たちの声が、今も耳に残っている。
そんな場所に、アイビーが配属されていた。それだけで、胸がざわついた。そして、彼女の口から続いた言葉が、その予感を裏切ることはなかった。
「実は私……そこで、横領の濡れ衣を着せられてしまいました」
──横領?
真面目なアイビーが、そんなことをするはずがない。私は心の中で、即座に否定していた。
「もともと、あの地方の騎士団は、領主家との結びつきが強くて……それで、領主の息子たちが兵舎の物資を勝手に持ち出して、外に流して売りさばき、手に入れた金で豪遊していたんです」
聞いた瞬間、怒りがこみ上げてくるのを感じた。けれど、私はそれを表に出さなかった。アイビーを怯えさせたくなかったし、今は何より、最後まできちんと話を聞いてあげたい。
──私利私欲のために、兵舎の物資を持ち出すなんて……
それだけでも、本来なら重罪のはずよ。
「それを、ある日私が見つけてしまって……注意したんです。でも、逆に、私がやったことにされていました。武具の紛失も、食糧の消失も、全部……私のせいだって」
──悪事を咎めた者が、逆に罪を着せられるなんて……胸の奥に、怒りが煮えたぎる。なんという卑劣な真似を……!
「証拠もねつ造されていました。私の署名じゃない記録まで作られて……チャス騎士団長も、領主家の言いなりで、何も聞いてくれないんです」
拳を握る。爪が掌に食い込むほどに。私はただ、黙って、彼女の話に耳を傾け続けた。
「誰も、私の言葉を信じてくれない。私は……このまま処分されるのを待つしかないんです」
──そんな馬鹿な。
正義が踏みにじられるのを、私は絶対に許せない。
アイビーは顔を伏せ、震える声で言った。
「でも、どうしても……エルナ小隊長にだけは、聞いてほしかった。最後に、私が悪くないって……誰か一人にでも、わかってほしかったんです……!」
私はそっとアイビーの肩に手を置いた。その小さな背中は、細かく震えていた。
──よく、ここまで一人で耐えたわね。
胸が締めつけられる思いだった。
まだ若いアイビーが孤独の中でどれほど必死に耐えてきたのだろう。
「わかったわ、アイビー」
私は静かに、けれど強い決意をこめて答えた。
「私はあなたを信じる。だって、あなたは私の後輩だもの。私が信じなきゃ、誰が信じるの?」
アイビーが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
その瞳に、かすかな光が灯る。
「ありがとうございます、エルナ小隊長……!」
──必ず、助ける。
私にできるすべてを尽くして。
後ろ盾がないというだけで、こんなにも簡単に踏みにじられてしまうなんて……
こんな世界は、どう考えてもおかしい。
だからこそ、私が止めなくちゃいけない。
かつて騎士だった私が、レオン王都騎士団長の妻となり、グリーンウッド侯爵夫人となった意味。
ようやく、その答えが見えてきた気がした。
私の力で変えられるものがあるなら、変えていきたい。
──この世界を。




