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夫がよそで『家族ごっこ』していたので、別れようと思います!  作者: 青空一夏
第二部

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19

 その影が、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる。

 そして──


「……エルナ小隊長!」

 懐かしい声が耳に届いた。

「まぁ、アイビー! 久しぶりね。ここにはいつ着いたの?」

「ほんの少し前です。どうしてもエルナ小隊長にお話があって……でも、こちらでお祭りが開かれているなんて知らなくて。こんな時に来てしまって、ご迷惑だったでしょうか?」

「そんなことないわ。むしろ会えて嬉しいくらい。遠くから来たのよね? その大きな荷物……今夜泊まるところはあるの?」

「いえ、まだ決めていません。これから宿を探そうと思っていたところなんです。偶然、エルナ小隊長の姿を見かけて……それで、お声をかけました。落ち着いたら、後で食堂にお邪魔するつもりでした」


 よく見れば、かつて私の部下だった頃よりずっと痩せていて、目の下には濃いクマができていた。何か、よほどのことがあったのだろう。


「今ね、お祭りでクレープの屋台を出してるの。もしよかったら、ちょっとだけ手伝ってくれない? そのお礼として、今夜はうちの客間に泊まってもらうわ」


 私はあえて“ご褒美”という形にした。彼女の性格なら、ただ『泊まりなさい』と言っただけでは、きっと遠慮して首を縦に振らないだろうと思ったからだ。

「さ、行きましょう。あとでゆっくり、話を聞かせてね」


 屋台に戻ると、アイビーはすぐに私の手伝いを始めた。ルカも初対面ながら、恥ずかしがることなく、しっかり挨拶できた。ルカに寄り添っていたアルトを見て、目を丸くしたアイビーに私は今までの経緯を簡単に説明する。

「……というわけで、この子(神獣)はうちの家族なのよ。そしてルカの親友。アルトも、アイビーに挨拶して」

 私が声をかけると、アルトはアイビーに向かって、羽と尻尾をぱたぱたと振りながら、可愛らしくひと声鳴いた。


「すごい……エルナ小隊長は何でもできる方だったけど、神獣まで手なづけるなんて……流石です。やっぱり、ずっと目標にしていた先輩です」

 アイビーの言葉に、私は少しだけ照れながらも、ルカに彼女のことを紹介する。

「ルカ、こちらはママの後輩で、女性騎士のアイビーよ。今日は屋台を手伝ってくれて、うちに泊まることになったわ」

「こうはい? うちにとまるの、うれしいな! ぼく、ルカです!」

 元気よく名乗ったルカに、私は微笑みながら補足する。

「後輩っていうのはね、ママより後に入った仲間のことよ。ママのことを、先にいるお姉さんみたいに思ってる子たちのこと」

 ルカは「ふうん」とうなずきながら、アイビーに向かってにっこり笑った。アイビーは、思いがけない無邪気な笑顔に、少し驚いたように目を見開き、それから、やわらかく笑みを返した。



 お祭りの夜は、それからも賑やかに続いた。クレープ屋台は大繁盛し、ルカは金魚すくいに夢中になり、アイビーも子どもたちと一緒に笑顔を交わしていた。私はそんな様子を眺めながら、胸の奥にかすかな違和感を覚えていた。

 ──あのころのアイビーは、屈託なく笑う子だった。

 でも今は……無理に笑っているように見える。こんなに苦しげな、悲しい笑みを浮かべる子じゃなかったのに。

 ――いったい、なにがあったの……?


 

 夜が更け、店じまいを終えて家に戻ると、ルカはすっかり眠たげだった。

「パパと一緒におやすみしような」

 旦那様がそう言って、ルカをやさしく抱き上げ、子供部屋へ連れていった。


 私はその間にアイビーを客間へ案内し、温かいミルクティーを入れた。

「今日はありがとう、アイビー。助かったわ」

 そう言うと、アイビーは首を振って、微笑みながらカップを受け取る。


 そしてミルクティーを飲みながら話しているときに

 子供部屋のほうから、かすかにルカの寝言が聞こえた。

「ママも……アイビーおねえさんも……だいすき……」

 

 アイビーはびくりと肩を震わせ、

 そして、顔を覆ってぽろぽろと涙をこぼしはじめた。

「……エルナ小隊長……ううん、エルナさん……」

 震える声で、彼女は続ける。

「本当の……お姉さんだったら、よかったのに……! 私、エルナさんの妹に生まれて、可愛いルカちゃんの叔母さんだったらよかった」

 私は静かに彼女の背中に手を添えた。

「大丈夫よ、アイビー。もう一人じゃないから。」


 そういえば、アイビーが入隊してきた頃、教えてくれた。両親を事故で亡くしたばかりで、兄弟姉妹もいない──天涯孤独の身だと。だから、私はもう一度、アイビーに言う。

「私たちを家族と思っていいのよ。大丈夫、一人じゃないわ。それで教えてもらえる? いったい、あなたになにがあったの?」

「私……処刑されるかもしれません」


 時間が止まったような気がした。

 私の心臓が、どくん、とひとつ大きく脈打つ。

 言葉の意味を理解した瞬間、胸の奥に熱いものがこみ上げてくる。


 ──どういうこと? なぜ、そんなことに……?


 けれど、私はまだ何も言えなかった。

 ただ、目の前で涙をにじませるアイビーの横顔を、息を詰めるようにして見つめていたのだった。


 


 


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