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じっと私は木陰にうずくまっていた。それに気づいたのは、村の世話好きなお婆さんで、見ず知らずの私を家に連れて行き、温かいお茶を淹れて休ませてくれた。
「大丈夫かい? ずいぶん顔色が悪いようだよ」
「……すみません、少し、体調が優れなくて。最近ずっとだるさが抜けなくて……匂いにも敏感で」
そう言った瞬間、お婆さんの目が細くなり、ふふっとどこか嬉しそうに笑った。
「月のものはきているかい?」
「……そう言えば、二回ほど来ていないわ……」
「そりゃあ、妊娠してるんだよ。お腹はまだ出てないけど、あたしにはわかるさ。無理をしちゃいけないよ、お母さんになる身体なんだからね」
「……妊娠? そんなはずは……あっ」
言葉が喉の奥で止まる。アレグランとは顔を合わせる日が減り、一緒に眠る夜ですら、背を向け合ったまま朝を迎えることが増えていた。
それでも……一度だけ、あの夜だけは違った。
彼が無言で抱きしめてくれたあの夜から、もう、二月近くが過ぎていた。
「おめでとう。だいじにしなさいよ」
「ありがとうございます」
こんなタイミングで妊娠? ……運命の皮肉さに思わず笑ってしまう。
それからアレグランは10日ほどして、やっと家に戻ってきた。私たちの家は一階が食堂で二階が住居、三階は洗濯物が気持ち良く干せるように屋上がついていた。
「明後日にはまた発つよ。報告だけならいいんだが、俺は民間の慰問やら、怪我人の対応まで引き受けてる。あの辺り、まだ医者も足りなくてな」
「それは騎士の仕事じゃないわよね? 民間の慰問? 怪我人の対応? 騎士じゃなくてもできる仕事だわ」
「うるさいなぁ。夫の俺が、駐屯地からクタクタになって帰ってきてるんだぞ。少しくらい、労いの言葉があってもいいだろ? 俺はエルナに自由に食堂をやらせてやってるんだ。だったら、俺の仕事にも口出ししないでくれよ」
「……食堂は、私の退職金で始めたものよ。アレグランに負担をかけた覚えはないわ。この家だって、私の名義。利益もきちんと出してるし、経営は順調よ。あっ、そういえば、ここ半年以上、あなたは家に1銅貨も入れていないわね?」
アレグランは気まずそうに眉をひそめた。ただ、うんざりしたようにため息をつく。
「……で? 俺にどうしてほしいんだよ」
私は彼の顔を見つめながら、静かに口を開いた。
「あなたが“家族ごっこ”をしている青い扉の可愛い家、周りの家々と比べてずいぶん新しかったわね。最近建てたものなんじゃない? 見たところ、かなりのお金がかかっていそうだったけれど」
アレグランの目が見開かれる。だが私は、それ以上は何も言わなかった。
ただ、少し笑って、言った。
「ねぇ……あの時、私が“気にしないで”って言ったの、覚えてる? あなたが責任を感じて私に結婚を申し出たときよ。私は、“そんな気持ちじゃ、不幸になるだけ”って言ったわよね」
「……あぁ。そんなこともあったな」
「でもあなたは、“愛を育てていこう”って言ってくれた。だから、私は信じたの。こんな顔になっても、騎士を辞めても、それでも隣にいてくれるって」
私は手を頬に添える。そこには、かつてアレグランを庇って受けた傷跡――見慣れすぎた、自分だけの“勲章”がある。
「でも……今のあなたの目には、どう映ってるのかしら?」
アレグランはわずかに視線をそらし、唇を噛んだ。
その沈黙が、何より雄弁だった。
「……離婚はしないぞ」
ようやく、搾り出すように言ったその声に、私は何の感情も浮かばなかった。
彼は続ける。
「俺は責任をちゃんととる男だ。これからは金も《《忘れず》》に入れるよ。《《なるべく》》……帰ってくるし」
一瞬、そこで言葉を止める。そして、聞きたくなかった一言が、口から漏れた。
「ただ……その顔じゃな……悪いけど、《《女としては》》……《《ちょっとな》》」
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※1銅貨:日本円で1円。




