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【ドネロン伯爵夫人視点】
「……こうなってしまった以上、離縁するしかない。これ以上、ドネロン伯爵家への悪影響は避けねばならない。君は実家のエックルズ男爵家に戻りなさい」
「う、嘘……実家には弟夫婦が住んでいて、仲も良くないのよ? 私、身を寄せる場所なんてどこにもないわ」
「それなら、なぜ、あんなことをした? 自分の立場をまるで理解していなかったのだな。――これ以上、君の愚行の犠牲になるつもりはない。私も、子どもたちも」
一方的に離縁され、行き場を失った私は、仕方なくエックルズ男爵家へ戻った。けれど、すでに両親は他界し、家を継いでいた弟夫婦とは折り合いが悪かった。帰るなり、あからさまに嫌な顔をされる。
「自活する道を、早く見つけてください。うちは一代限りの男爵家でしたから、領地も資産もない。姉さんの面倒を見られる余裕なんて、ありません」
「お義姉さんが無一文で放り出されたのは、自業自得でしょう? しばらくはここにいてもいいですが、その後は出て行ってもらいます」
弟夫婦が当然のように言ってくる。
「自活……? 伯爵夫人だった私が働くの? そんなの、無理よ……」
「だったら、修道院にでも入ればいいでしょう。――今回のやらかしを悔い『神に祈りながら静かに余生を過ごしたい』とでも言えば、修道院も受け入れてくれるはずです」
修道院?
この、私が……?
◆◇◆
今、私は修道院にいる。ここしか生きていける場所がなかったから。
朝五時の鐘が鳴る。
まだ夜明け前の冷たい空気の中、私は粗末な寝台から起き上がった。
戸惑いながら着替えを済ませ、無言で並ぶ修道女たちに倣い、礼拝堂へと向かう。
かつて絹のシーツに包まれて目覚め、銀の盆に載せられた朝食をとっていた日々が、まるで幻のようだった。
修道院の一日は、規則正しい祈りと労働で埋め尽くされていた。
朝の祈りに始まり、掃除、洗濯、畑仕事。昼食も静寂の中、質素なパンとスープのみ。
慣れない労働に手はひび割れ、粗末な服しか着ることができず、心までもが乾いていく。
消灯時間になると、私は膝を抱え、誰にも気づかれないように小さな声で泣いた。
なぜ、私はここにいるのか。
自分の犯した罪の重さに、まだ私は気づかない。
けれど、歳月は、私を徐々に変えていった。
ここに来て三年目、ようやく私は気づきはじめたのだ。
すべては、自らの愚かさが招いた結果だったのだと。
噂話に踊らされ、嫉妬に目がくらみ、私は大切なものをすべて失った。
エルナが平民から侯爵夫人になったからといって、なぜ、あれほど嫉妬する必要があったのだろう。
夫にも、子どもたちにも、背を向けられて。
――その代償に、果たして見合う価値が、エルナを神殿に密告することにあったのだろうか。
ただ、他人事として聞き流していればよかった。
自分には関係のない別世界の話だと、そう思えばよかっただけなのに。
なぜ、あのとき、それすらできなかったのか。
後悔は、胸を締めつける。
祈りの言葉も、まともに紡げない日々が続いた。
それでも、季節は巡る。
畑に咲く小さな花に心を留め、修道女同士でたまに交わす何気ない会話で、胸がじんわりと温かくなる瞬間が増えていった。
神に赦しを請うことが、少しずつ、自分自身を赦す行為に変わっていくのも感じた。
私はひとり、祈りの間に座っている。
ふと、長女のことを思い出していた。
私の頬を叩いて責めたカロラインは、今どこでなにをしているのだろう?
まだ幼かった長男は、私が出て行く時には号泣していた。
もう会えなくなった子どもたちのもとに、どうか幸せが降り注ぎますように――。
心からそう願い、私は静かに目を閉じる。
今は、ただ、祈るしかないのだから。
そして、鐘の音が静かに心を満たしていく。
私はその中で、深く、深く頭を垂れたのだった。
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※コミカルなざまぁのおまけ、次にあります。




