9 大神官視点
王都の中心に位置する「聖光の広場」は、朝から多くの人々で賑わっていた。神律会審が行われるとあって、広場には貴族、騎士や兵士、庶民など、多くの人々が詰めかけ、熱気に包まれていた。
広場の周囲には屋台が立ち並び、焼きたてのパンや香辛料の効いた肉料理、甘い菓子などの香りが漂っている。子供たちは綿菓子を手に走り回り、楽器を奏でる芸人たちが軽快な音楽で場を盛り上げていた。
中央の壇上には、神殿の象徴である白い幕が張られ、その前には豪華な椅子が設置されている。王の到着を待つ人々の間には、期待と興奮が入り混じったざわめきが広がっていた。
やがて、王の一行が広場に現れると、群衆は一斉に静まり返り、厳かな空気が漂う。王は壇上に上がり、重々しい声で宣言した。
「これより、神律会審を開廷する。神の御前にて、真実を明らかにし、正義を示す時である!」
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【コルネリオ大神官視点】
神聖なる神律会審を、庶民が見物できるような広場で開催するなど、前代未聞の愚行だ。彼らは浮かれ騒ぎ、お祭り気分で集まっている。出店が並び、楽器を奏でる者までいて、まるで祝祭のようだ。神の怒りを恐れぬ不敬の極みである。
だが、これだけ多くの人々の前で、王都騎士団長レオンを失墜させることができるのならば、それも悪くはない。この不信心な民草どもも、今日ばかりは目をつぶってやろう。
私は、玉座より一段下がった席に腰を下ろした。レオンは、国王や私を見上げる位置に立ち、私に追い詰められるのを待っている。
――ふふ、なんという気分の良い光景だ。あのおしゃべりなドネロン伯爵夫人が、最前列で嬉しそうに見物している。彼女はエルナを妬み、レオンたちの失脚を望んでいる。私に密告してきたのも、そのためだろう。楽しそうだな。もちろん、私もこの上なく愉快な気分だ。
私は席から立ち上がる。広場に集まった群衆の視線が一斉に私に注がれるのを感じながら、厳かな声で口を開いた。
「この場において、我らが神殿の秩序を乱す者を裁かねばなりません。王都騎士団長レオン、その名を持つ者が、神獣アルト様を私物化し、神の意志を蔑ろにしたことは明白です!」
私は壇上を一歩進み、手にした巻物を広げながら続けた。
「神獣アルト様は、神に仕えるべき存在であり、その力は神の御業を示すものです。にもかかわらず、レオンはその力を己の欲望のままに操り、神殿の教義を踏みにじりました。」
私は手を高く掲げ、天を指し示すようにして言葉を続ける。
「神の意志を無視し己の力を誇示する者が、騎士団の秩序を保てるはずがない。レオンは王都騎士団長の座を退き、神獣アルト様は神殿の庇護のもとに置くべきなのです! それでこそ王都の平和は保たれ、神獣様は真の力を発揮できるのです!」
私は群衆の反応を一瞥し、さらに言葉を重ねた。
「この裁きの場において、我らは神の意志を示さねばなりません。レオンの行いは神殿の教義に反し、神の怒りを買うものです。今こそ、その罪を明らかにし、神の裁きを下すべきです!」
私の声が静まり、広場には一瞬の静寂が訪れた。拍手喝采が響くと期待していたが、代わりに四方八方から怒号が飛び交った。
「アルト様をレオン団長たちから引き離すだって? 神様がそんなこと言うもんか!」
「神獣様は好きな場所にいる権利があるだろ! なんで神殿が決めるんだよ! 尊い存在なら、アルト様の意思を尊重しろーーっ!」
「その通りですわ。アルト様はエルナ様のカフェで寛いで、幸せそうに暮らしておりますもの。今までどおりでいいじゃありませんか?」
……おかしい……こんなはずではなかったのに……
民衆の目に晒される形で裁判を開くなど、なぜ国王はこのような場を設けたのだ?
私にとっては、もっと静かに、確実に片をつけるはずの場だった。
それが、群衆の怒号と嘲笑に包まれ、私の声が押し返されている。
少しだけ……胸の奥に、冷たいものが這い上がってくるのを感じた。




