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※レオン視点
俺が王都騎士団の執務室で書類に目を通していると、扉の外からノックが響いた。
続いて、受付嬢の慌てた声が届く。
「ヴェルツエル公爵閣下がいらっしゃいました。お通ししてよろしいですか?」
兄上の名を聞いた瞬間、思わず顔がほころんだ。
この公務の場で顔を合わせるのは珍しいが、兄上の訪問は素直に嬉しい出来事だった。
「兄上、どうされたんです? いきなりお越しになるなんて、珍しいですね」
俺が笑いかけると、兄上は肩をすくめて椅子に腰を下ろす。
「ああ。先日、エルナさんが妻を訪ねてきてな。コルネリオ大神官の話を聞いた。あれは、ただの言いがかりだろう。……お前が昔、神殿の不正を暴いたことを根に持っているんじゃないか」
その言葉で、忘れていた記憶が蘇った。
俺がまだ若く、王都騎士団長になる前のことだ。
あのときの大神官の名は……確かマヌエル・モットーだ。彼は、信者からの献金を私的に流用していた。
神殿の名を借りて不正を重ね、私腹を肥やしていたのを、陛下に報告したのが俺だ。
そして今の大神官の名は、コルネリオ・モットー。
「……そうか。あの大神官の息子だったのか。完全に忘れていたな。迂闊だった。これは私怨……いや、逆恨みだな」
「おそらくな。それに、この機に神獣を利用し、勢力を拡大するつもりかもしれん。いずれにしても、放置できん」
言葉を交わしていると、再び扉がノックされた。
「今度は誰だい? 急ぎでなければ、後にしてくれ。大切な話の最中だ」
だが、受付嬢の返答は意外なものだった。
「神殿の神官様です。どうしても急ぎのご用件があると……」
神殿から?
このタイミングで、なぜ。
「……通してくれ」
警戒を胸に、そう告げる。
入ってきたのは、若い神官だった。
彼が差し出した証拠を目にした瞬間、俺の怒りが爆発する。
(アルトを檻に閉じ込め、鎖で縛るつもりだと!?)
それが事実なら――
神への冒涜だ。
「魔力を遮断する装備に、封印符……しかも帳簿では別物として処理されている。意図的な隠蔽だな」
「神獣を敬うどころか、拘束し支配する気か……」
兄上の声には、はっきりと嫌悪が滲んでいた。
若い神官は、不安そうにこちらを見ている。
俺は静かに言葉を選んだ。
「……よく来てくれた。その勇気に感謝する。この証拠は陛下にお見せする。必ず正しい裁きが下るだろう。――君の行いは、きっと神も見ている」
彼は、心底ほっとしたように微笑んだ。
大神官が腐っていても、聖職者のすべてが腐っているわけではない。こういう若者こそが大神官になるべきなんだ、そう思った。
◆◇◆
翌日、王宮の謁見の間。
俺と兄上は、神官から託された証拠を陛下の御前に差し出した。
「痴れ者が……! コルネリオめ、なんという罰当たりなことを!」
陛下の怒声が、謁見の間に響き渡る。
「よい。神律会審の開催を認める。裁かれるのがどちらか、その身をもって知るがよい!」
それは、民と信仰を守る覚悟の表れだった。
こうして、異例の神律会審が開かれることとなる。
貴族から市民まで、誰もがその裁きを目にする“公開審理”として。




